「あなたをこの空間へ引っ張ってあげる!」
 見えない誰かと話しているように見えた。だけど、命の巫女がそう言った瞬間、今まで何もないと思ってた中空に人影のようなものが現われたの。ゆっくりと辺りを見回すその人は、あたしたちと同じように透けてはいたけどやっぱりあたしたちのことは見えていないみたい。でもそんなことよりもあたしを驚かせたのは彼の顔だった。
「え? オレ、か…?」
 隣でシュウがつぶやく。命の巫女には彼の正体が判っていたみたい。シュウとあたしに近づいてきて言った。
「祈りの巫女の左の騎士だよ。こちら側にこようとして命の巫女の力を使ったの。だけど祈りの巫女の騎士ではこの力を完全に操ることはできなかったから、あたしが…!」
「だけどどうしてあいつが成長して…。そうか、オレたちが透けてるのもそういう訳か。でもそれなら――」
「詳しい説明はあとでするからちょっと黙ってて! あたしは彼の力をサポートする。なぜか彼を通じてならこの空間に干渉できるの!」
 シュウと命の巫女が話している間、あたしはずっと『彼』の姿を追っていた。…間違いない。この人はあたしの『シュウ』だ。半分以上風景に溶け込んで、神官の服を着たその輪郭すらはっきりと見ることができなかったけど、その人が放つ優しい雰囲気が伝わってくる。小さな頃からずっと優しくて、いつもあたしを助けてくれたシュウ。5歳で時間を止めてしまって、けっして大人になれなかったはずのシュウが今、大人になった姿で目の前にいるんだ。
 ――シュウ、あたしはここにいるよ。あなたが助けてくれたから、今あたしは村を守るためにここにいるの。
 ――あなたに報いるために生きてきた。シュウが助けてくれた命を、けっして無駄にしちゃいけないんだ、って。
 どうしてここに大人のシュウがいるのか、そんな理屈はあたしにはどうでもよかった。ただ、ここでシュウに会うことができたって、そのことで胸がいっぱいになって、たぶん涙を浮かべてたと思う。シュウは周りを見回していたけど、あたしのことはぜんぜん気づかないみたいで、沼に手を差し伸べた男の子に近づいていったの。シュウはためらいもせず男の子の身体に自分の姿を重ねて、やがて小さな身体に吸収されるようにシュウの透けた身体は見えなくなっていた。
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