「あ、だめ!」
「シュウ!」
靄が女の子を沼に引きずり込もうとしている。シュウの名前を叫んだのはリョウで、あたしと女の子の間に立ちはだかって、あたしをうしろに突き飛ばしたの。倒れそうになった身体を背後から誰かが支えてくれる。リョウが今にも沼に落ちそうな女の子に手を伸ばす。あたしも助けたくて必死に前へ行こうとするのに、なぜか身体が動かなかった。
「祈りの巫女! 君は近寄っちゃダメだ! 一緒に引きずり込まれる!」
リョウが女の子の手を掴んで引っ張る。だけどリョウの力でも女の子が沼へ落ちるのを阻むことはできなかったの。12歳の頃にあたしを沼から引き上げてくれたリョウの腕が、たった5歳の女の子を引き上げられないはずなんかない。それに、もしもあの靄がリョウを凌ぐ力で女の子を引っ張っていたのなら、たぶん女の子の腕は関節が抜けてしまっていただろう。でも女の子が腕を痛がる様子はなかった。
「駄目だ。俺たちの干渉は一切受け付けない。この世界に力で干渉するのは無理だ」
リョウが諦めて女の子から手を離したように見えた。でもそうじゃなかったの。リョウの手はいつの間にか女の子の手をすり抜けていたんだ。さっきのあたしと同じように。
沼へ落ちた女の子のもとに男の子が駆け寄っていく。必死で女の子に手を伸ばす男の子は、いずれこの沼に飛び込んで死んでしまう。あたしはただ黙ってこの光景を見ていることしかできないの?
「どういうことだ? オレたちの身体が透け始めてる」
シュウの声であたしも気づいた。あたしとリョウが女の子に触れなくなったのは、あたしたちの身体がいつの間にか薄く透けてしまってたからだったんだ。かざした手の向こう側に風景が見える。と、そのとき声を上げたのは、今まで黙っていた命の巫女だったの。
「誰? …あなたは左の騎士!」
振り返ると命の巫女は片手で頭を押さえながら中空をじっと見つめていた。
「…あなた1人だけでは力が足りないよ。…あたしの声が聞こえていない? それでもいいわ。あたしが力を貸すから」
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