「リョウ! おまえ勝手に…!」
「この扉を開けるかどうか、決める権利はユーナにある。それについておまえはどうこう言える立場じゃねえだろ。それに、最初にこの扉を決めたのはおまえだぜ、シュウ」
「…だけど、なにも人が死んだ場面を見る必要はない。紫色の扉はほかにもあるんだ」
「ユーナが見たいと言ってる。…責任は俺が取るさ。それでいいだろ」
そう、シュウとの会話を終わらせると、リョウはあたしの手をとって扉の中へと導いていった。中はまた同じような石造りの部屋で、あたしたちが入ると自然に扉が閉じ始めたから、シュウと命の巫女もあわてて飛び込んできたの。ほとんど音もなく扉が閉じたあとは暗くなって、でもすぐに明るくなり始める。今度はあたしも判ってたから、景色の変化にわりあい早く目を慣らすことができた。
子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。西の森の木々は春の若葉をつけていて、ややひんやりした気持ちのいい風が下草をなでていく。沼の近くで追いかけっこをしているのは小さな男の子と女の子。はっきり顔を見るまでもなく、それがシュウとあたしなんだってことが判った。
まだ2人とも沼に落ちていなかった。今この2人を沼から遠ざければ、あの出来事をなかったことにできるかもしれない。最初にあたしが沼に落ちなければシュウが死ぬことはなかったんだ。
「ねえ、あなたたち。ここは危ないわ。遊ぶんなら森の外へ行った方がいいわよ」
子供たちはあたしの声には気づかないようにおいかけっこを続けている。やっぱりあたしの姿は見えてないの? あたしは逃げている女の子の進路に立ちはだかって、その動きを止めようとした。でもあたしは女の子を止めることができなかった。女の子はあたしをすり抜けて、反対側へ走り去ってしまったんだ。
「え? どうして? さっきは触れたのに」
うしろを振り向きながらつぶやいたその瞬間、あたしはすさまじい悪寒を感じて身体を震わせた。今女の子は沼の淵近くまで走って方角を変えようとしていた。その女の子に向かって、沼の中から黒い靄のようなものが襲いかかっていたの。その靄に実体はなくて、あたしにはあたしを殺そうとする影の邪念が形を取ったもののように思えたんだ。
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