その男の子が出てきたとき、風景はいきなり気配をなくして、やがてすうっと消え去っていた。周囲が再び元の石造りの部屋に戻っていたの。変化があまりにいきなりすぎて、あたしたちはしばらくの間なにもしゃべることができなかった。ここで起きたほとんどの出来事があたしには理解できなかったけど、きっとほかの3人にとってこれは意味のある風景だったんだろう。
やがて、沈黙を破るのを恐れるように、声をひそめて言ったのは命の巫女だった。
「…思い出した。あたし、リョウチャンの車が好きだったの。あの頃はすごくかっこよく見えて。でもたまにしか貸してもらえなかった」
「車って?」
「レーシングカーみたいなおもちゃの車。シートの前の方にペダルがついてるんだけど、その頃はまだ足が届かなかったからほとんど寝そべってるみたいになっちゃって。うちのアルバムにリョウチャンが乗ってるシャシンがまだ残ってるよ」
そのとき、今まであたしの肩を抱いていたリョウがあたしから離れて、会話する2人のところへ歩いていった。
「思い出話はそのくらいにしろ。ここは俺たちが探してる部屋じゃない。1度外に出るぞ」
「なんだよ。強引だな。少し調べてからでも遅くないだろ?」
「またあれが始まってみろ。終わるまで外に出ることはできないんだぞ。次はもっと長い話だったらどうするんだ」
「…まあ、確かにな。判った、いったん外へ行こう」
シュウの答えを聞いて、リョウはもう振り返りもしないで扉の方へ歩いていった。まるで、この部屋にこれ以上一瞬でもいたくないと思ってるかのように。あたしは頬に流れた涙をふき取ってあとを追いかけた。歩きながら思ったの。あの時手を震わせていたリョウが見ていたのはセイに似た女の人だ。もしかしたら、リョウが逃げたいと感じているのはあの人なのかもしれない、って。
でもどうしてなんだろう。村で初めてセイに会ったとき、リョウは涙を流したってミイは言ってたのに。
――判った気がした。そのときリョウが涙を流した理由も、さっきあたしの肩を抱いてくれた理由も。
リョウの涙の理由は、きっとあたしの涙の理由と同じだったんだ。だからあたしの肩を抱いてくれた。振り返る勇気をくれた。
今、逃げ出そうとするリョウをあたしは責められない。あたしは扉の外に出たリョウに追いついて、そっと手を握った。
次へ
扉へ
トップへ