「記憶は戻ってない。ただ……」
 いったん言葉を切ったリョウは、また首を振って続けた。
「……いや、自分でも本当はよく判ってない。だけど、おまえが言ってることが本当かもしれないって、そんな気がしてきたのは事実だ」
「あたしが言ってること? それってどのこと?」
「俺は以前、おまえの婚約者のリョウだった。死んだことで記憶を失ったけど、記憶を失う前の俺はおまえのリョウだった。……記憶は戻ってないんだ。だけど、ここに暮らしていてだんだんそんな気がしてきた。以前のリョウが自分と違うものだと思えなくなってきた」
 それっていったいどういうことだろう。今のリョウの言葉だけではあたしには理解できなかった。
「記憶は、戻ってないんでしょう? だったらどうしてそう思えるようになったの?」
「たとえばあの家だ。俺はここしばらくあの家に暮らしてみて、自分という人間があの家にぴったり合っていることに気がついた。……なにか探し物があるとするだろ? 他人の家ならどこに何があるのかなんて判らないはずなのに、この家の中に限っては欲しいものがどこにあるのかが自然に判るんだ。それは記憶で判るんじゃなくて、「俺ならここに置く」と思って探すと必ずその場所にある。あの家がまるで自分が建てた家のように思える。だから、あの家に住んでいたリョウも、他人とは思えなくなってきたんだ」
 リョウのその告白を、あたしは複雑な思いで受け止めていた。きっとトツカの存在を知る前のあたしだったら、これほど嬉しい告白はなかっただろう。だってこれはリョウが以前のリョウと同じだって、その証拠になるものだから。でも今のあたしはここにいるリョウがトツカであることを知っている。
 それとも、リョウは本当はトツカじゃないの? ……確かにリョウは自分がトツカだとは言ってない。命の巫女やシュウのことは知らないって態度をとり続けてる。だけど生き返ったときのリョウの傷や服装、持ち物はすべてリョウがトツカであることを示しているし、センシャと戦うリョウにあたしは命の巫女の騎士としての輝きを感じたんだ。その輝きは死ぬ前のリョウには感じなかった。
 もしも今ここで訊いたら、リョウは答えてくれるだろうか。ううん、きっと同じことを言われるだけだろう。前に訊ねたときと同じように「命の巫女のことは知らない」と。それが嘘か本当か、あたしには判らない。
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