「なに?」
「いや。……村の記憶をなくす前の俺はどうだったのかと思ってな。おまえの怪我を手当てするようなことはなかったのか?」
あたしはリョウの言うことがちょっと意外な気がして、すぐに返事をすることができなかった。リョウがトツカだと知らなかったときなら、あたしはリョウが以前のリョウを気にするのはあたりまえだと思ってた。でも今のリョウが以前のリョウを気にするのは不自然だと思ったの。……なんだろう。なにかが食い違ってる気がする。まさかリョウは本当に記憶喪失なの……?
「……小さな頃ならあったかもしれないわ。はっきり覚えてないけど」
リョウは昔からすごく優しかった。小さな頃にあたしが怪我をしたなら、リョウはきっとこうして手当てしてくれてただろう。
「だったら何もおかしくないだろ。俺が昔と変わらないって言ったのはおまえだ。……終わった。靴は自分で履けるな」
足元を見ると、リョウは既に傷薬を塗り終えていて、脛のあちこちが草色に染まっていた。
「あ、うん。ありがとう」
そうして、靴を履いて立ち上がったあたしを確認したリョウは、コップと手ぬぐいを持って家の方へ向かっていった。あたしが椅子を運んで家の中に戻すと、リョウは再びあたしを神殿へと促した。
リョウの背中を見ながら歩き続けている間、あたしは考えていた。あたし、リョウはトツカなんだって、今までそう思ってた。でも、リョウは本当にトツカなの? もしかしたら最初に思ったとおり、リョウはあたしのリョウなんじゃないの……?
だって、リョウはだんだん昔のリョウに戻っている気がするの。記憶を失う前の、すごくあたしに優しくしてくれたリョウに。もしかしたらリョウは、昔の記憶を取り戻しているの?
「リョウ」
声をかけると、前を歩いていたリョウは振り返って、あたしに並んでくれた。
「あのね、リョウ。……もしかして、少しは記憶が戻ってる?」
恐る恐る訊ねたことが判ったんだろう。リョウは少し目を伏せるようにして、やがて静かに首を横に振った。
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