あたしは驚いて立ち尽くしちゃったんだけど、リョウはあたしの返事を待たないで森の中へ分け入っていこうとしたんだ。
「待って、リョウ! あたしも行く!」
どうしてそんなことを言ったんだろう。まだそれほどじゃなかったけど、遠からず日が落ちて森は暗くなってしまうのに。
「足元が危ない。それに傷だらけになるぞ。おまえはこない方がいい」
「それなら余計に心配だもん。足手まといにはならないから一緒につれていって」
「…判った。俺のあとについてこいよ」
あたしはリョウが歩いたところを正確に踏んで、リョウの背中について森の中へと入っていった。森はしばらくは上り坂で、リョウは獣道を捜しながら下生えをかき分けていく。ここは西の森よりも更に歩きにくくて、前にリョウがいてうしろを歩くあたしに注意をしてくれなかったら、本当に全身傷だらけになってしまいそうだったの。木の種類も曲がって絡み合うものが多くて、きこりもあまり足を踏み入れない場所なんだってことが判った。
しばらくすると下りに変わって、あたしにもう帰れないかもしれないような不安を抱かせる。それでもリョウはずっと歩き続けていく。勾配が急なところを降りるときに振り返って手を貸してくれたリョウは、あたしの手を引いたままやがて言ったの。
「おまえ、つらいか?」
ちょっと大変だけど、でもつらい訳じゃない。あたしが首を振ると、リョウはまた前を向いて言う。
「こういうのが俺なんだ。人が作った歩きやすい道をそれて、誰も行きたがらないようなところへ行こうとする。この先には何もないかもしれないのにな」
リョウはこなければよかったと思ってるのかもしれない。帰り道のことを考えるとあたしも気が滅入るようだけど、でも後悔はしてなかったからちょっとだけ驚いたの。だってあたしは、リョウが行くところならどこにでもついていきたいと思ってるんだ。
「なにもなかったら戻ればいいわ。少なくともこの森の向こうにはなにもなかったってことが判るもん。あたしはそれで十分よ」
笑顔でそう答えたあたしにちょっと驚いたような表情を見せたあと、リョウは再び歩き始めた。
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