「いや」
 リョウの答えは早すぎもせず、かといって遅すぎもしなかった。だから本当のような気がしたの。もしかしたらそれは、ただあたしがそう思いたかっただけなのかもしれないけれど。
 あたし、不安そうな顔をしていたのかな。リョウは片手を伸ばしてあたしの髪をなでながら続けた。
「おまえがここにいるのにどうして俺が帰るんだ? 連れて行けないのに」
 でも、同じ場所には命の巫女がいる。帰らないってことは、リョウが好きな命の巫女と永久に会えなくなるってことなんだ。
 訊かなければよかった。これ以上、リョウを追求したくない。リョウの嘘を聞きたくない。
 あたしが黙り込んでいる間、リョウもあたしに話しかけることはしなかった。その時間はずいぶん長くて、やがてあたしにもリョウがこれ以上嘘をつかないでいてくれるんだってことが判った。きっとリョウも沈黙の中で答えをごまかしたかったんだろう。そんなところだけ、あたしとリョウはよく似ていた。
 そのうちに、もう十分ごまかせたと思ったのか、リョウがゆっくりと立ち上がっていたの。あたしは顔を上げて、リョウが背後に広がる森の中を見つめていることに気がついたんだ。
「どうしたの?」
「この森の向こうには何があるんだ?」
 あたしも立ち上がって、リョウが見ているものを見ようと目を凝らした。
「さあ、判らないわ。興味もなかったから」
 反対側の森ならやがて神殿から村へ続く道へ出ることが判ってる。でもこちら側の森はあたしが知っているどんな場所にもつながっていなかった。
 振り返ったリョウの笑顔はまるで子供のようで、あたしはまた少しドキッとしちゃったんだ。
「寄り道する。おまえ、1人で帰れるよな。俺はこの森の向こうを見てみたい」
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