玄関から声をかけて、けっきょくランドの顔は見ないままリョウの家をあとにしていた。ランドの方もあたしに何も言わなかったから、リョウが言ったようにきっと納得してくれたんだと思う。神殿までリョウに送ってもらってる間も心がもやもやしたまま晴れなかった。近しい人になにも告げずにいなくなってしまうのが、まるで自分の居場所をなくしてしまうかのように思えたからなのかもしれない。
少し前を歩くリョウの歩調はゆっくりだった。あたしに合わせてくれてるのか、それとも、リョウも神殿に辿りついてしまうことをほんの少し恐れているのかもしれない。あたしと同じように。
「――ここは、静かだな」
不意にリョウが口にする。あたしは前にも聞いたことがあった。生き返ったリョウが初めてあたしと口をきいてくれた日の夜。
命の巫女と同じだ。リョウはここではないどこかを思い出してる。思い出して、比べている。やっぱりあなたも帰りたいの…?
「リョウが生き返る前にいたところはもっと騒がしかったの?」
独り言のつもりだったのかもしれない。あたしの問いかけに振り返ったリョウは、少し驚いた顔をしていた。
「前にもそう言ってたわ、リョウ。でもこの森、ときどき獣の声もするし、遠くでせせらぎの音もするし、森を揺らす風の音もするから、リョウが言うほど静かじゃないと思うの。確かに人はいないけどね。リョウが前に住んでたところには人がたくさんいたの?」
あたしが笑顔で続けると、自然に立ち止まっていたリョウは、道の両側にいくつか残ったままになっていた切り株の1つに腰掛けたの。そして、微笑を浮かべてあたしを隣の切り株へと導いてくれる。導かれるまま、あたしも隣に腰掛けた。
「人は、多かったな。だけど人よりもキカイの方が多かった。…前に、獣鬼は人間の味方だって話したな。俺がいたところでは獣鬼のほかにも人が作ったたくさんのキカイがあって、人間の生活を助けてた。獣鬼のような大きなものから、家の中で使えるような小さなものまで。そういうものが動く時に立てる音がいつも俺の周りにあふれてたんだ。…たぶんおまえには想像できないだろ」
リョウの言うとおり、そのほとんどはあたしには想像できなかった。命の巫女が見せてくれたケータイデンワのほかには。
「…リョウは、帰りたいと思ってるの?」
恐る恐るあたしが言った言葉に、リョウは笑顔で首を振った。
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