宿舎を飛び出したあたしは周囲を見回してみたんだけど、近くに2人の姿を見つけることはできなかった。きょろきょろと探し回りながら通りかかった神官に声をかけて訊いてみたの。姿を見ていた神官はあたしに、2人がリョウの家の方へ向かったことを教えてくれた。
転ばない程度に慎重に、でもできるだけ急いで、あたしはリョウの家への坂道を駆け下りていく。それにしてもどうして2人はリョウの家にまで行ったんだろう。神殿の敷地の中では喧嘩なんかできないから? いったいどんな喧嘩をするつもりなの? まさか子供みたいに掴み合ったりしないよね。この坂を下りている間にお互い少し冷静になって、話し合いで決着してくれるといいのに。
でも、そんなあたしのかすかな希望は、リョウの家の庭で2人の姿を見た瞬間に消し飛んでいた。
「キャーーーーッ!」
掴み合い、なんかじゃなかった。庭の真ん中で、リョウとランドは互いを殴り合っていたの。既に2人とも無傷じゃなかった。何も考えずに駆け寄ったあたしは、ちょうどランドに拳を当てられてうしろに飛ばされたリョウに巻き込まれて、一緒に転がされてしまったんだ。
「さがってろ馬鹿!」
一瞬振り返ったリョウに怒鳴りつけられて息を飲んだ。すぐに立ち上がったリョウは再びランドに殴りかかっていったけど、あたしはそれきり2人を見ることができなくなっていたの。だって、どうして2人が殴り合わなくちゃいけないの? 話し合いで解決できないものが、殴り合いで解決できるはずなんかないじゃない!
その場にしゃがみこんだまま両手で両目を覆っていた。聞こえてくるのは2人の息遣いと声、そして互いを殴り合ってるらしい、ぞっとするような音。恐怖に身を縮めていた時間はきっとそれほど長くなかったと思う。やがてどちらかが倒れるような音とかすかなうめき声が聞こえたあと、不意に殴り合いの音が消えて、2人の息遣いだけが大きくなっていったの。
「…ぅっクッ…なん、で…」
聞こえてきたのはランドの声だった。怖かったけど、あたしは恐る恐る両目を開ける。こちらに背を向けて立っていたのはリョウだった。
「このオレが…おまえなんかに負けるんだよ…!」
あたしにはどちらが勝ったかなんてどうでも良かった。それよりも、とにかく殴り合いが終わってくれたことだけにほっとしていた。
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