「その方が村のためにはいいと思ったの。あたしが村を離れればこれ以上村は襲われなくて済むかもしれないもの。それに、命の巫女とシュウが一緒だから。命の巫女たちがいないのにあたしだけ村に残ったりしたら、余計に村もあたしも危険にさらされることになるわ」
肘で身体を支えながらあたしを見つめていたタキは、あたしの言葉が終わったとき、ふうっと大きく息をついた。
「…怖いな」
そのタキの言葉の正確な意味がつかめなくて、あたしは首をかしげてタキの次の言葉を待った。
「君の話を聞いてね、納得してる自分が怖い。そうやって君はどんどん影との戦いに慣らされていく。オレも、君が影と戦うことを当然のように受け止めている。少し前のオレだったら、影の国へ行くなんてとんでもないことだ!って君を止めただろう。でも、今のオレには君を止めることができない。自分の価値観が歪んでいくのが…いや、歪んでいるのかそうでないのかすら判断できない自分が怖い」
そうと聞いても、あたしにはタキの言っていることがまるで理解できなかった。
「あたしを止められない自分が怖い、ってどういうこと? あたし、タキが止めないでいてくれるならうれしいわ。だってそれは、タキがあたしの言うことを理解してくれたってことでしょう? 反対されて行くより、理解されて行く方がずっといいもの」
あたしの話を聞きながら、タキが自嘲のような表情を見せたから、あたしは驚いてしまった。
「怖いよ、祈りの巫女。…リョウはどうして君を連れて行こうなんて思えるんだろう。シュウは、命の巫女は、どうして影の国へ行こうとするんだろう。オレは君を止めることができないけど、君を理解してる訳じゃない。いや、理解はできるしそれしか方法がないことも判る。だけど疑問が残るんだ。…それは本当にオレの考えなのか。今、ここで君を止められなかった自分を、未来のオレは本当に許すことができるのだろうか、って」
――たぶん、タキの話はあたしが理解できる範囲を超えていたのだと思う。まるで違う世界の言葉を聞いているようで、言葉の1つ1つの意味は判るのに、タキが表現しようとしていることが判らないの。あたしが何も答えずにいると、気づいたのかタキがふっと微笑んだ。
「ごめんね。こんなこと、今の君に話すべきことじゃないのに。オレが止めても止めなくても君は影の国へ行く。今のオレは、君の勇気ある選択を賞賛することができるよ。…祈りの巫女、影の国へ行って、君がすべきことをしておいで」
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