「オレよりひどい怪我を負ってる人が避難所には何人もいるんだ」
そうか、タキはこの部屋で寝たまま動けないのに、今でも村全体のことを考えることができるんだ。
「ローグは平等な人よ。もしも薬がたりなくなったら、ちゃんと必要な人に分けてくれるわ。タキが自分で薬をやめることはないわよ」
「そうは思うけどね。オレはむしろローグのことが気がかりなんだ。もともと丈夫な人じゃないのに、このところ怪我人の治療で忙しすぎる。祈りの巫女、今度神殿に入るときには、ローグのことも祈ってもらえないかな。…オレのことは適当でかまわないから」
それまで深刻そうな表情をしていたタキは、最後の言葉を言ったときだけちょっとおどけたような笑顔を見せたの。つられてあたしも笑顔になる。もしかしたら、あたしもずいぶん深刻な表情をしていたのかもしれない。
「判ったわ。タキのことは適当にして、その分ローグのことを祈るようにする。しばらく顔をあわせてないのだけど、ローグはずいぶん悪いの?」
「顔色がね。普段でもそれほどいい方じゃなかったけど、それを差し引いてもかなり悪くなってる気がするんだ。オレもほかの人も少し休むようには言ってるんだけど、ああいう人だからなかなかね。現状が落ち着くまでローグの体力が持ってくれることを願うだけだよ。
ところで祈りの巫女、そろそろリョウは君に話したんじゃない?」
それまでの会話を終わらせるように、タキは口調を変えて言った。言われた瞬間あたしはタキの言うことが判らなかったのだけど、昨日のタキとの会話を思い出して不意に気づいたんだ。
「もしかして、影の国へ行く話?」
「そう。それでオレのところへ来たんじゃないの? リョウを引き止めて欲しい、って」
そうか、タキはリョウが独りで影の国へ行くと思ってるんだ。リョウは昨日、タキにだけはこの話を打ち明けていたんだ。
「ううん、引き止めてもらう必要はないわ。だって、あたしも一緒に行くから」
「…ほんとに?」
タキはうつぶせのまま身体を起こすような仕草をしたから、あたしはタキに反対されるかもしれないと思って、あわてて言葉を補足した。
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