「命の巫女の儀式も見たかったわね。この程度で緊張しているのだから、神殿に入ったとたんに凍りついていたかもしれないわ」
聖櫃の巫女が命の巫女をからかうように言う。あたしはカーヤがお茶を入れている間にすばやく食卓を片付けて、今まで立ったままだった2人を椅子へ促した。命の巫女が低く抗議の言葉をつぶやいたことに不審を抱いたんだろう。座ることで少し落ち着いたらしいノエが初めて声を出していた。
「どうして命の巫女の儀式をしなかったの? 影の襲撃があったから?」
ノエは身体の小さな巫女で、小首を傾けて聖櫃の巫女を上目遣いで見つめるとまるで子供のようにあどけない。カーヤはオミの食事の介助をしに奥へ行ってしまったから、聖櫃の巫女も気兼ねなく答えていた。
「命の巫女はこの災厄が去れば自分の村へ帰ってしまう巫女だからよ。儀式をしたら誰も彼女を手放したくなくなるわ。だからあえて命の巫女の儀式は行わないことにしたの」
ノエはちょっと驚いたみたい。あたしもこの話は初耳だったけど、命の巫女が儀式を受けないでいたことはなんとなく納得していたから、少しだけノエの感覚の違いに驚いていた。
「そんな。命の巫女がいなくなっちゃうなんて。……2人ともずっと村にいてくれると思ってたのに」
ノエの言葉には予想した以上の落胆があって、思わずあたしと命の巫女は顔を見合わせてしまったの。命の巫女も、まさか自分がこれほどノエに残念がられるとは思ってなかったみたい。視線で疑問を投げかけたあたしに小さく首を振って答えた。
「もちろん影の脅威が去るまではいてくれるわ。それよりノエ、2人ともあなたを認めてくれたのだから――」
「ああごめんなさい! ……ええっと、認めてくれてありがとう。自分が巫女になれると決まる前から、運命の巫女になるのはあたしの夢だったの。だからその夢がこんなに早くかなうなんて今でも信じられない。先代の運命の巫女にはまだまだかなわないけど、でもこれから一生懸命に勉強して、少しでも先代に近づけるようにがんばるわ。どうか長い目で見守っていて」
そう、姿勢を正して言ったあと、ノエはぴょこんと頭を下げた。その動作がまたあたしたちの笑いを誘う。そんなノエの様子に、あたしは3年前の自分の姿を重ねていた。
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