「山の上へ散歩に行ったの。そうしたら変わった建物があったから、シュウが興味を持っちゃって。帰ろうって言うのにぜんぜん動かないから先に帰ってきちゃったのよ。…シュウに用事があったの?」
 山の上の建物、ってことは、きっと星見やぐらのことだ。あたしは巫女になったときに1度だけ案内されたことがあるけど、特に興味もなくてそれきり1度も行ってない。でも、神官たちはけっこうあの場所が好きだって聞いたことがあるから、きっと神官のシュウが興味を惹かれる何かがそこにはあったのだろう。
「たいしたことじゃないのよ。シュウがいなくても誰も困らないけど、呼ばなかったらきっとシュウ本人が悔しがるわね。だって、星見やぐらはいつでも見られるけど、巫女の儀式はそう頻繁には見られないもの」
 あたしは命の巫女に簡単に説明して、そのあと神官宿舎にシュウの居場所を言伝してから、再び宿舎に戻って食事を始めたの。そうしてカーヤと3人だけの食事が終わる頃、聖櫃の巫女に連れられてノエが宿舎にやってきたんだ。
 巫女の襲名の儀式は、こうして新しい巫女が宿舎を回って、先輩の巫女たちに挨拶をするところから始まる。あたしのときにはこの挨拶は神殿の儀式より10日以上前に行われたけど、今回は時間がないからすべての儀式を今日の午前中に凝縮してしまうみたい。実際の年齢よりも少し幼く見えるノエは、まだ自分が運命の巫女に選ばれたことが信じられないようで、普段よりもずっと幼く見えた。
「おはよう、祈りの巫女。突然だけど、今日の午前中に運命の巫女の襲名儀式を行うことになったの」
「ええ、聞いてるわ。これから禊に行くのね」
「そうよ。正式な儀式は後日行われるから、今は簡単に済ませていいわ。…祈りの巫女、ノエが運命の巫女を名乗ることを認める?」
「ええ、認めるわ」
「命の巫女、あなたは?」
 命の巫女は、まさか自分も訊かれるとは思ってなかったみたい。あたしが振り返って笑顔で促すと、ようやくうなずいて言う。
「ええ、認めます。…これでいいの?」
 緊張したノエよりもずっと不安そうに答えた命の巫女に、あたしと聖櫃の巫女は笑いを誘われていた。
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