リョウは…以前のリョウはいつも言っていた。ユーナのことは必ずオレが守るよ、って。今のリョウも言ってくれたことがある。おまえのことは守りたいと思ってる、って。
今、リョウがあたしに自分で自分を守れと言うのは、きっとそれだけ影の世界が危険に満ちているからなんだ。リョウはあたしにその自覚を持って欲しいと思ってる。それは裏を返せば、あたしを信頼してくれてるってことなんだ。
「影に狙われてるのが自分だってことは判ってるわ。危険も承知してるつもりよ。でも、あたしが行かなければ村がどんどん壊されていくんだもん。あたしはこれ以上だれの命も犠牲にしたくないの」
タキは祈りの巫女を王にたとえていた。村の人たちのために一生を捧げるという王。きっとリョウも同じことを思い出したんだろう。
「…おまえが生きて帰ることを心の底から望んでる人間がいるんだってことを忘れるなよ」
それだけ言って、リョウはあたしの頭をくしゃっとかき混ぜたの。それは以前のリョウがよくやっていた仕草で、あたしは驚いたと同時に、ちょっとだけ恥ずかしいような気持ちになっていた。
――いつでも、忘れちゃいけないって思ってる。リョウにとってあたしは、命の巫女の身代わりなんだ、ってこと。
でもリョウがやさしく振舞うたびに忘れそうになるの。だからもう1度、忘れないようにって心に刻み込んだ。視線を上げてリョウを見ると、目が合ったとたんリョウの微笑が消えて、一瞬視線を泳がせる。行き場を失った片手をもてあますように背中のうしろに隠して。
リョウは、人をだまして平気でいられるような人じゃない。ちょっとした仕草の中にリョウの罪悪感が見え隠れする。だからそれには気づかなかったふりをして、あたしは笑顔を見せていた。
「忘れないけど。…でもあたし、リョウが一緒にいてくれるのが1番うれしい。だって、影の国へは3人だけで行くと思ってたから」
リョウが影の国へ行くことを決めたのが、たとえ命の巫女を早く帰してあげたいっていう、彼女のための行動だったのだとしても。
「俺はシュウを信用してない。奴は、自分とあの女のためなら他人を傷つけても気にしない人間だ。おまえを任せられる訳がないだろう」
そのリョウの言葉に反発を覚えたのだけど、不意にあたしは思い出したんだ。シュウが以前、ヤケンの群れから自分たちを助けたトツカを見捨てて逃げた事実と、センシャに殺されかけた時にあたしを囮に使って、あたしの心にシュホウの恐怖を植えつけた事実とを。
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