リョウの言葉を聞いて、あたしは一瞬呼吸を止めてしまった。その瞬間は言葉の意味を正確に掴むことができなかったのだけど、忙しく頭を回転させてすぐに理解する。リョウはシュウや命の巫女たちと同じことを考えているんだ。西の森から影の痕跡を辿って、影の世界へ乗り込もうとしているの。
 リョウが今ここで頼み込むまでもなく、シュウはそのつもりだった。だから目の前で真剣な表情で頭を下げるリョウの姿にこっけいさを感じたんだろう。部屋の雰囲気が微妙に変わって、シュウの唇がわずかにゆがんでいるのが判る。ほんのちょっとしたきっかけがあったらシュウは吹き出していたかもしれない。
 でも、シュウの目の前でにらみつけるように見つめるリョウは隣にいるあたしが見ていてもものすごく怖かったから、シュウは吹き出す寸前の表情を必死でなだめようとしていたんだ。そんなシュウの様子に気づいているのかいないのか、リョウは先を続けた。
「もちろん一緒に来てくれとは言わない。どんな危険なことが起こるか判らない場所だ。影の世界へは独りで入る。おまえたちはただ道を開いてくれさえすればいい。命の巫女の力なら、影が残した道を辿ることができるんじゃないのか? それともそいつは俺の買いかぶりか? できないならさっさとそう言ってくれ」
 ちょっといらだったようなリョウの様子に、シュウはようやく自分を律することができたみたい。余裕をはらんだ笑顔をリョウに向けた。
「あんたの頼みは判ったよ。だけど、その答えを聞く前に、まずはオレの…オレたち3人の話を聞いてくれ」
 リョウは驚いたように一瞬だけあたしを振り返ったけど、すぐにそんな表情のままシュウに向き直ったの。
「なんだ?」
「実は今日にも話そうと思ってたんだ。昨日、オレとユーナは書庫で歴代の命の巫女の物語を調べていてね。自分たちが持っている能力の複合的な使い方についてずいぶん勉強したんだ。もともとこの力は古代文字――オレたちにとってはふだん日常で使っている文字の中の『カンジ』というヤツなんだけど、その筆跡を頭の中で辿ることによって発動する。そのカンジを組み合わせてジュクゴを作ることで能力の組み合わせがけっこう自在にできるんだ。だからオレも、影の痕跡を辿って影の世界へ行く手段については、ある程度考えに入れていた」
 それはあたしにはほとんど理解できない話だったけど、リョウは言葉の意味を噛みしめるようにシュウの話を聞いていた。
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