「知っているから王は一生懸命勉強するんだ。勉強して、どうしたら村の人たちが平和に暮らしていけるのかを考える。祈りの巫女も、この村を出るともっといろいろなことが判るよ。オレたちが住むこの村がものすごく恵まれた土地にあるんだってことも。例えばね、この村の外には川が流れていない村があるんだ。逆に、近くに流れる川が大きすぎて、ときどき水があふれて流されてしまう村もある。そういう村に住む人たちは、自分たちの力だけではどうすることもできないんだ。だから王はそういう人たちに代わって、川の流れを引き込む溝を掘ったり、川辺に石を積んで水があふれてこないように工事を計画したりする。つまり、王という人は、自分の生活を村人や臣下に支えてもらう代わりに、その人生のほとんどを国に捧げていく人のことなんだ」
あたしは、タキがどうしてこの話を始めたのか、なんとなく判りかけていた。
「巫女は、王と同じなの…?」
「必ずしも同じとは言えないかな。この村は王を必要とするほど問題が多い訳じゃないから。でも、リョウがこの話で納得してくれたのは間違いないよ。この村の規模は国なんかとは比べ物にならないほど小さいし、普段は比較的平和だから、オレたちもあまりそういうことを意識したことはない。だから祈りの巫女も漠然と「村のために祈るのが祈りの巫女の役目なんだ」って思ってただけなんだろうけど、ここまで危険が身近に迫ってくれば、巫女にも王と同じような自覚が必要だと思うよ。つまり「自分の命を守ってもらう代わりに村のために祈りを捧げているんだ」っていう自覚がね。祈りの巫女の命は君だけのものじゃない。今の君は、村のために存在している祈りの巫女なんだよ」
それは、あたしが今までずっと言われてきたことだった。守護の巫女はあたしに対して命を大切にするように言ってきたし、あたしが危険な目にあわないようにずっと守ってくれた。その意味をあたしは深く考えたことがなかったんだ。あたしは自覚がない巫女で、だからみんなにはすごく危なっかしい巫女に見えていたんだろう。
「…タキは、ずっと自覚していたのね。自分が村のために命がけで巫女を守る神官なんだ、って」
「君の担当神官に名乗り出た時からね。神官の役割は王の臣下と同じようなものだと思う。だから君はセトの死を嘆く必要はないんだよ。たとえセトが運命の巫女を守りきれなかったことで悔しがってたとしても、飛び込んでいったことを後悔してはいないはずだから」
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