「祈りの巫女、君の命は村の宝物だよ。神官が何人いるより、君1人が村にいる方が、村のためにはずっと必要なことなんだ」
 今までと少し変わったタキの口調に緊張を感じて、あたしは顔を上げた。いつも微笑を浮かべているタキの顔。このときのタキにはあまり表情が感じられなかった。あたし、もしかしたらタキを怒らせた…?
 でも、そのあともタキの声は穏やかで、けっして怒っているようには思えなかった。
「たぶん君も本当は判ってるんだ。このところいろいろあって気持ちが弱くなってるから、視野も狭くなってるんだね。そのことはオレにも判るけど、君が気持ちを割り切るためにもあえて言わせてもらうよ。…祈りの巫女、君が存在するのは村のためだ。村に起こる災いを退けて、村を平和に存続させるために君は生まれた。もちろんユーナという名前の女性が自分の幸せを求めることを否定はしないよ。だけど、祈りの巫女は間違いなく村のためだけに存在する」
 タキの言葉は真実だった。あたしは今までずっとそう思ってきたし、もちろん今でも変わらない。でも、あたしはそのことと今の話をつなげて考えてはいなかったんだ。タキがあたしの視野が狭いと言ったのは、おそらくこのことだったんだろう。
「実はさっきリョウがきて、君が運命の巫女のことで落ち込んでるって聞いてね。だいたいこのあたりのことじゃないかと察しはしてたんだ。その時リョウとも少し話をして。…祈りの巫女、この村の外に出るといくつもの村があるんだけど、その村の多くは国という組織に属していて、王という1人の人が管理している。王は村から作物や労働力を搾取して、自分は立派な宮殿に住んで、村人には想像もつかないくらいの贅沢をする。王の周りにいる臣下たちは王の命令に忠実に従って、命がけで王の命を守ってるんだ。この話を聞いて、祈りの巫女はどう思う?」
 あたしはすぐに頭を切り替えることができなくて、ちょっと口篭もりながら返事をした。
「王は仕事をしていないの? …だとしたらそんな状態がずっと続いていくなんておかしいわ。だって、みんなは王がいなければもっと自由なんでしょう? おいしいものを食べたり、自分のためにもっと働くこともできる。たった1人しかいない王ならみんなで協力すれば簡単に追い出せるもの。王は自分がしている贅沢な暮らしを村の人が支えていることを知らないの?」
「もちろん知っているよ。自分が食べているものがどこからくるのかも、自分が住んでいる大きな宮殿を誰が作ったのかも」
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