あたしは、そのタキの言葉で、不意に運命の巫女とセトのことを思い出していた。…あたしがどうして落ち込んでたのか判った気がする。あたしはあのセトの姿に、あたしを守って怪我をしたタキを重ねていたんだ。
 タキはいつもそう言う。神官は巫女のために存在するんだ、って。これから先、例えばタキが誰かと結婚して家族を作って、あたしに家族ができたとしても、タキはあたしが危険な目にあえばあたしを命がけで守ろうとするの…?
「セトが運命の巫女を守ろうとしたのもそうなの? 神官が巫女のために存在するから、セトは自分の命よりも家族よりも、運命の巫女を選んだの?」
「そう思うよ。それが神官の役目なんだから。自分が担当する巫女が危険な目にあってるのに自分だけ逃げることはできないだろ?」
「どうして? だってセトには家族がいたんだよ! あたし、セトが家族のことをすごく大切に思ってたのを知ってるもの。それなのにどうして運命の巫女を選ぶの? 昔好きだったから? たったそれだけの理由で自分が助かるのにわざわざ危険に飛び込んでいくの?」
「昔のことは関係ないよ。祈りの巫女、少し落ち着いて。君はなにをそんなに苛立ってるの?」
「だってあたし、嫌だもん。もしも崖下にいたのが自分だったらタキにそんなことして欲しくない。ただ巫女だってだけであたしのために神官に命を捨ててなんて欲しくない。だって、タキもあたしも同じ命じゃない。あたしの命の方が大切だなんてこと、ぜったい違うよ」
 怖いんだ、あたし。前からタキがあたしを守ってくれてることが判ってたから。セトの実例を見せられてしまって、あたしはそのことが実感として判ってしまったんだ。
 例えば、もしもリョウが危険な目にあってたら、あたしはなにも考えずに危険に飛び込んでいくだろう。それはあたしがリョウを失ったら生きていけないと思うから。リョウが死ぬことは自分が死ぬことと同じだから。でも、セトにはちゃんと愛する家族がいて、たとえ運命の巫女を失ったとしてもそのさき生きる希望をすべて失う訳じゃないんだ。それなのにセトは運命の巫女を守ろうとした。同じ状況になったら、きっとタキもセトと同じように、愛する人たちよりもあたしを選んでしまうんだ。
 ただ、巫女と神官だというだけで、あたしはタキの命を犠牲にしてしまう。あたしの命にそれほどの価値なんかないよ。あたしなんかを助けるために、タキのそれから先の人生を奪って、タキを愛するたくさんの人たちを悲しませる権利なんて、あたしにはない。
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