リョウに名前を呼ばれたのはこれが初めてだった。でも、告白も、名前も、ぜんぶリョウの嘘だ。あたしは真実なんかいらない。リョウがあたしに嘘をついてくれさえすれば、それでいいんだ。
「あたしも、リョウのことが大好き。世界で1番好き」
あたしはベッドの上からリョウの胸に抱きついた。少しよろめきながらも、リョウはあたしを支えて抱きしめてくれる。きっと世界中で、同じような言葉と抱擁を交わす恋人たちはたくさんいるんだろう。その瞬間の真実をぶつけ合って、喜びに涙するんだろう。でも、リョウの胸を濡らす涙はあたしの悲しみ。誰か、嘘を真実に変える方法があるなら教えてよ。あたしをベッドに腰掛けさせて、そっと触れてくるリョウの唇が真実に変えられるのなら。
「ユーナ…痛くないか?」
触れるだけの優しいキスのあとのリョウの言葉が、唇の傷のことだって気がつくのに、少しの時間がかかった。
「ちょっとだけ。でもリョウだから平気」
――痛いのは唇じゃない。
「どうして部屋にこもってたんだ? 俺のせいか?」
「ううん、リョウのせいじゃないの。…ほんの少し、傷の言い訳に困ってたのもあるけど、でもそれだけじゃないの」
「傷の言い訳はしなくていい。で、俺じゃないならいったいなんだったんだ?」
「運命の巫女とセトの話を聞いたの。それから落ち込んじゃって。…でも理由が判らない。自分がどうして落ち込んでるのか判ったら浮上できそうな気がするのに」
あたしが言葉を切ると、リョウはあたしの顔を上げさせて、髪に指を絡ませた。
「髪飾りはどうした。…まさか、なくしたのか?」
「なくしたりしないよ。だって、リョウが婚約のしるしにくれたんだもん。今日はたまたまつけてなかっただけ」
「そいつをつけてれば元気になる。少なくとも、部屋を出る元気は出てくるはずだ。俺が言うんだから間違いない」
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