――間違えられた、あたし、命の巫女と。
髪飾りをつけてなかった。シュウと2人きりで笑顔で話してた。それはいつもの命の巫女の行動で、あたしがそうするなんてほとんどありえないこと。間違えない方がどうかしてるよ。だって、リョウはあたしとシュウの会話を聞いてた訳じゃないんだもん。
リョウが間違えたことを、あたしは責められない。あの状況で間違えない人なんていないと思うもん。だけど、それならどうしてリョウはキスしたの? リョウと命の巫女は、前にもキスしたことがあるの…?
俺に見せ付けるな、って言ってた。リョウは前にも命の巫女にそう言ったことがあるの? 命の巫女はそれに答えたの? 命の巫女は、既にリョウの気持ちを知っていて、あたしに隠していたの? 2人はもう両想いになっていたの?
――ショックだったのは、間違えられたことじゃなかった。2人の間に何もなければありえない行動をリョウが取ったこと。あたしが命の巫女じゃないことにリョウが気づいたのは、たぶん走り去る寸前。だからその前の行動はすべて命の巫女に向けられたもので――
あたしが今まで見たことがないくらい、強い目をしていた。あれは嫉妬だ。あんな嫉妬、あたしは向けられたことがない。…そうだよね。だってあたしは命の巫女の身代わりだったんだもん。
命の巫女と両想いになれたのなら、身代わりのあたしはもう必要ないのかな。でも、表面的にはリョウはあたしの婚約者で、きっと影を倒して帰れるようになるときまで、リョウはその立場を貫かなきゃならないだろう。だから2人のことを隠していたんだ。あたしにも、そしてシュウにも。
それとも、命の巫女はリョウよりシュウを選んだの? …その方がつじつまが合うかもしれない。リョウの言葉をぜんぶ覚えている訳じゃないけど、その言葉の響きには諦めが混じっていたから。だとしたら、あたしにもまだリョウをつなぎとめるチャンスがある…?
そこまで考えて、ようやくあたしは立ち上がることができた。なにが本当なのかなんて判らない。でも、この嘘をリョウがつき通している間は、あたしはリョウのそばにいることができる。だって、この村にいる間は、リョウはあたしの婚約者でいるしかないんだもん。命の巫女との関係を公表して、今の状態を壊すなんて、わざわざする意味がないから。
宿舎にはオミ以外誰もいなかった。部屋の鏡を見ると、唇が切れて流れた血が既に固まりかけていた。
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