半ばあたしを引きずるように大またで歩くリョウに、あたしは声をかけることができなかった。あたし、今までシュウとあんなところで話してた。もしかしたらリョウはそれを怒っているの?
…リョウに対してやましいところがなかったとは言えない。その大部分はシュウと命の巫女が仲直りするための手助けだったけど、あたしはシュウに告白したんだもん。そんなことリョウには言えないよ。だからあたし、いつものあたしだったらこういうとき真っ先にリョウをなだめようとするのに、その最初の言葉が出てこなかったんだ。
リョウがあたしを連れてきたのは祈りの巫女宿舎の裏手だった。すぐ目の前が森で通る人が誰もいない場所。そこで手を離して、リョウはあたしの髪を掴んで宿舎の壁に押し付けた。そして、噛み付かれているのとほとんど違いがないキス――
すごく痛かった。こんなキス、あたしは知らない。リョウのキスはいつも優しかったんだもん。あたし、こんなにリョウを怒らせたの?
痛くて、無言でリョウの胸を押し返した。ほとんど無意識の行動だった。リョウの力は強くてなかなか離れてくれなかったけど、不意に何かに追い立てられるように、唐突にリョウがあたしを引き離したの。髪を掴んだまま。
見上げたリョウの目は怒りに血走ってるように見えた。
「…なんであいつ…俺に見せ付けてんじゃねえよ!」
リョウの目が強すぎる。今まであたしが見てきたどんなリョウよりも強くて、まるで違う人みたいで、声を出すことができない。
「クッ…。判ってる。俺には、おまえが誰を好きになろうと、それを邪魔する権利なんかない――」
その、言葉の途中でリョウが目を伏せてくれたから、ようやくあたしは声を出すことができたんだ。
「リョウ…」
言葉に合わせて手を差し伸べる。悪いのは、こんなにもリョウを傷つけたあたしだ。だからリョウにそう伝えて謝りたくて。
そのとき、リョウはいきなり目を丸く見開いて、あたしの髪から手を離した。そしてあたしの伸ばした手から逃れるように走り去っていったの。残されたあたしは力が抜けてその場に座り込んでしまった。
これも無意識の行動だった。あたしは髪に手を触れて、ふと本来ならそこにあるべきものがないことに気づいたんだ。
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