聖櫃の巫女はあたしに用があった訳ではなくて、それまで見つかった死者の魂を送る儀式を神殿でしたかったみたい。この儀式が済むまでは亡骸を埋葬することができないから。神殿前広場は既に一杯で、あふれた亡骸は土砂をのけられた崖下にも並べられている。合わせて50人以上はいただろう。
 あたしは聖櫃の巫女と少し話したあと、宿舎が壊れたお見舞いを言って別れた。それから暗くなりかけた宿舎への道を歩いていく。かがり火は神殿の敷地のあちこちに用意されていて、今日は夜を徹して行方不明になった人たちの捜索が行われることが伺えた。
 ノックして扉を開けると、入口に背を向けていたリョウが振り返る。テーブルの向こうにはシュウと命の巫女。シュウは命の巫女の肩に手を乗せて、涙を流す彼女を慰めているところだった。
「お帰り、祈りの巫女。悪いとは思ったけど勝手に上がらせてもらったよ」
「構わないわ。…今日は本当にお疲れさま。3人とも無事でよかったわ」
「祈りの巫女もね」
 シュウと少しの会話を交わしながら、あたしはリョウの隣へと腰掛ける。リョウはそれほど機嫌がいいとは見えなかった。気にはなったけど、それよりあたしは命の巫女の方が気になっていたの。
「どうしたの?」
「運命の巫女のことを聞いたんだ。ユーナはほんの少し前まで運命の巫女と一緒にいただろう? だから」
 そのシュウの言葉に、あたしはなにも言えなかった。運命の巫女はまだ見つかっていないけど、それを口にしても命の巫女を慰める言葉にはならないから。…あたしは彼女みたいに泣くことはできなかった。まるで悲しみを感じる心が麻痺してしまっているみたい。
 テーブルにお茶がないことに気づいて、あたしは台所で4人分のお茶を入れた。最初に命の巫女の前に置く。それまで声を出さずにただ涙を流していた命の巫女は、少し顔を上げるとあたしを泣き腫らした目で見上げた。
「…ありがとう」
 そう言った命の巫女に微笑んで顔を上げると、リョウが命の巫女を見つめていることに気がついたの。
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