まだ十分に日が高いうちに、セリは守護の巫女と一緒に神殿へやってくる。守護の巫女は簡単な挨拶であたしの身体をねぎらったあと、いつもの早い口調で話し始めた。
「――もうすぐ予言の時刻よ。怪我をしているところを申し訳ないけど、祈りの巫女にはできるだけ祈りを捧げて欲しいわ。でも無理だけはしないでちょうだい。万全な状態ではないのだから、自分の身体を過信しないで」
「ええ、大丈夫よ。心配しないで」
「次の影の襲撃については運命の巫女はなにも言ってないのだけど、今までのパターンを見ると早くても明日の午前中だと思うわ。今回は命の巫女もいるし、ここを乗り切ったら今夜はゆっくり休ませてあげられる。だからもう少しだけがんばってね」
 そう言ってあたしの肩を力強く叩いたあと、忙しい守護の巫女はすぐに帰っていった。あとに残ったセリも「扉の外にいるから安心して」と一言だけ言って神殿の扉を出て行く。2人の訪問でまたいろいろ思うところはあったのだけど、雑念を振り払うように心を落ち着けて、あたしはいつもの祈りの所作に入っていったの。
 ――ろうそくを灯して、螺旋を描きながら聖水を落とす。膝をついて手を合わせて、心の中にも螺旋を思い浮かべながら、しだいに神様との距離を縮めていく。感覚が肉体から離れて外へと広がっていく。神殿の外では今、多くの村人が不安な気持ちを押し殺しながら時が過ぎるのを待っている。
 神殿の敷地のほとんどを埋め尽くした村人たちの意識が流れ込んでくる。更に感覚を広げていくと、村に残った幾人かの意識が紛れ込んでくる。その中でひときわ光を放つのは命の巫女の意識だ。その隣にいるのはシュウ。2人の意識は南の森近くにあって、もう1つ、北西の方角にあるのはリョウの意識だった。
 たとえ見分けようとしなくても、この3人の意識だけはほかの村人や狩人たちとははっきりと区別できたの。今のあたしには個人としての感情は薄い。それでも明確に判るくらい、3人の存在は強い光を放っている。
 これが、命の巫女なんだ。これが、命の巫女の左右の騎士なんだ。薄れた感情の片隅でそう思ったそのとき――
 西の森から、邪悪な気配がいきなり現われていた。
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