しばらくの間、あたしは声を出さずに泣いてたような気がする。はっきりと思い出すことができなかった。次に目覚めたときには、あたりは既に明るくなっていて、部屋にはあたしのほかには誰もいなかった。まるであの真夜中の出来事が夢だったような気さえしてくる。あたしの部屋にリョウがいたことも、リョウが頬の涙をずっとぬぐい続けてくれてたことも。
 身体を動かそうとしてその痛みに気づいていた。昨日の打ち身がひどくて自分では少しも動くことができなかったの。それでもなんとか寝返りを打って、ひじで身体を起こそうとしたとき急にめまいに襲われた。そのまま上半身だけベッドから落ちてしまって、自分ひとりではすぐにどうすることもできなくなってしまったんだ。
「ユーナ! …いったいどうしたの?」
 動かない身体で必死にもがいてると、どうやら物音を聞きつけたらしいカーヤがやってきた。…リョウじゃなくてよかったよ。だってあたし、今すごく無様な格好をしてるはずだから。カーヤはあわてて駆け寄ってきてあたしを助けてくれたけど、ニヤニヤ笑いを浮かべてたからあたしは真っ赤になっちゃったんだ。
「ありがとうカーヤ。助かったわ」
「いったい何をしてたの? 起き上がろうとしたの?」
「うん。でも身体にうまく力が入らなくて」
「ローグの薬を飲んだんでしょう? ふらふらするのはそのせいもあると思うわ。前に飲んだときもすぐには立ち上がれなかったじゃない。もう忘れたの?」
 カーヤに言われてあたしは初めて気がついたの。そういえばあの時もうまく立ち上がれなかった。このめまいって薬のせいだったんだ。
 ベッドに戻ったあたしにカーヤは朝食のリゾットを運んできて、そのまま少し話をしてくれた。昨日は命の巫女が聖櫃の巫女の宿舎に泊まったこと。今は午前中で、長老宿舎で会議が行われていること。今日の影の襲来は夕方にも早い時刻だから、午後には村人が神殿へ避難してくること。あたしは動けなければ眠っていてもいいけど、もしも動けそうだったら神殿で祈りを捧げて欲しいこと。
 影に対する恐怖の感情は消えていない。でも、恐怖を克服するためにも神殿へ行こうって、あたしはそう決心していた。
次へ
扉へ
トップへ