ベッドの上で身体を起こしたあたしは、ほとんど無意識のうちに両膝を引き寄せて、抱えていた。最初に知覚したのは両腕の震え。その震えはすぐに全身に渡って、顎がカチカチいって不思議なくらい軽快な音であたりの暗闇に鳴り響いた。リョウが枕元に置いた椅子に座ってることは判ってた。だけどそれとはまったく無関係なところで、あたしの身体はずっと震えたまま、すべての干渉を拒否していた。
怖い――言葉にすればたったこれだけのこと。今、あたしの目の前にはリョウがいて、神殿の宿舎のすごく安全なところにいる。だから大丈夫だって、必死で説得しようとしてもダメなの。あたしの身体と心は人の最も原始的な恐怖にとらわれてしまったみたい。その恐怖はあまりに純粋すぎて、言葉だけで解きほぐすのは不可能なように思われたんだ。
目の前にちらつくのは、あの時シュホウを回してあたしを殺そうとしたセンシャの姿。ホウゲキが迫ってくるその瞬間。あたしはあのときに死んでいたんだ。今、生きている方の自分が間違いで、本当のあたしはあのときに死んでいるはずだったんだ。…きっと死んでた方がずっと楽だったよ。だって、生きてるからこんなに苦しくて、こんなに怖いんだから。
あたしはリョウに助けを求めることすらできなかった。リョウに頼ってもどうにもならない、自分でこの恐怖を克服しなければならないってことが判っていたから。そのことはたぶんリョウにも判っていたんだろう。膝を抱えて震え続けるだけのあたしを、しばらくの間なにも言わずに見守っていてくれた。
どのくらいの時間、あたしはそうしていたんだろう。どんなに身体に言い聞かせても震えはぜんぜん止まってくれなかった。そのとき不意にリョウが立ち上がって、ベッドにいるあたしの背中の方に座ったの。ぴったり身体を寄せて、リョウが背中から優しく抱きしめてくれる。リョウが包んでくれているのが嬉しかったけど、あたしの身体はそれでも震え続けるのをやめてはくれなかった。
「身体の力が、抜けるか?」
リョウの低い声が耳のすぐ近くから聞こえる。リョウの言う通り、力を抜こうとしても、あたしの身体は言うことをきいてくれない。
「焦らなくていい。深く息を吸って、ゆっくり吐くんだ。…俺はここにいる」
背中からリョウの暖かさが伝わってくる。それが全身の硬直した筋肉を少しずつほぐしてくれるみたい。すごく時間がかかったけど、しだいにリョウの声に導かれるようにして、あたしの震えはおさまっていった。
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