「帰るぞ」
そう声をかけたあと、リョウはとつぜんあたしを横抱きに抱き上げた。あたしはリョウのこの一連の行動にかなり驚いていて、足場の悪い岩場を抜けるまでの間は声をかけることすらできなかった。万が一にも落とされないようにリョウの首にしがみついていると、すごくリョウを近くに感じる。汗のにおいがして、リョウがどれほど必死になってあたしを探してくれていたのか判るような気がしたの。
岩場のはずれに祈り台の残骸が見える。その無残な姿が目に入って、あたしは思わず口に出していた。
「祈り台、壊れちゃった…」
「…作りなおす必要はないだろ。おまえはもう村には降りられないはずだ」
リョウに言われて初めて気づいた。あたしは、あたし個人としては、今回の災厄で祈りに失敗したんだ。影を倒すことができたのは命の巫女とシュウのおかげ。あの2人がいなかったら、あたしはタキと一緒に森で死ぬ運命だったんだ。
あたしの祈りでは、この災厄を退けることはできない。みんなが言い続けていたこの言葉の意味を、これほど実感したことはなかった。祈りの巫女と命の巫女とがこんなにも違うんだってことも。たとえ姿は同じように見えても、命の巫女はあたしとはまったくかけ離れた存在なんだ。
知らず知らずのうちに、あたしはリョウの首に強くしがみついていたみたい。そんなあたしの様子を感じてリョウが言ったの。
「おまえ、悔しいか?」
悔しい。…そうなのかもしれない。自分でも判らない感情にリョウがつけた名前。あたしは素直に受け入れられる気がして、こくんとうなずいた。
「俺もだ。俺も悔しい。けっきょく俺は誰も守ることができなかった。…狩人を4人、死なせた」
あたしははっとしてリョウの顔を見た。表情は変えていない。だけど、頬にふたすじの涙が伝っていたの。
リョウがこんな風に泣くなんて――
「俺は4人を死なせた。あいつは3人を助けることができた。――おまえがあいつを選んだとしても、当然だ」
次へ
扉へ
トップへ