逃げ続けているうちに、あたしの耳の感覚は少しずつ戻ってきたみたいだった。森の中に逃げ込んでからもあの音は何度となく響いていたみたい。あたしは気づいてなかったんだけど、音が響いた瞬間にタキとシュウは立ち止まって身体を低くしたから。命の巫女はあたしたちの少し前を走っていて、その様子からはあまり大きな怪我はしていないように見えたから、あたしは少しだけほっとしていたの。
 森の道はずっと上り坂だった。そのとき、タキが足をもつれさせて転んだんだ。タキにもたれかかっていたあたしも転びそうになったけど、反対側にいたシュウが何とか支えてくれていた。
「「タキ!」」
 そう叫んだあたしと命の巫女の声はほとんど同時だったみたい。駆け戻ってきた命の巫女はタキを助け起こそうとしたけど、痛みに顔をしかめたタキを見て驚きの表情を浮かべたの。
「こんなにひどい怪我をしていたの? これでよくここまで…」
 そうしている間にもあの音はずっと響いていた。心なしか少しずつ近づいているようにさえ思える。
「ああ、限界まではと思ったけど、どうやらここまでみたいだ。…命の巫女、悪いけどここからは祈りの巫女を支えていってくれないか? 狙われてるのは祈りの巫女だけだし、運がよければオレは生き残れる」
「そうとも限らないぜ。さっきのおまえの話じゃ、影は祈りの巫女の周りにいる人間も襲ってたって言うし」
 シュウはあたしをタキの隣におろしながら言った。あたしはまだぜんぜん頭が回ってなかったんだけど、それでもシュウが言うことの方が正しいって、そう思えたの。だって、影はマイラを殺したんだもん。ただあたしの知り合いだってだけで狙われる可能性は十分あるんだ。
「2人ともここにいてくれ。ちょっと様子を見てくる」
 シュウがそう言って命の巫女を伴って坂を上がっていったあと、あたしはタキの隣に寝転がって少しでも楽な姿勢をとった。そうしていったん休んでしまうと、身体の痛みと疲労感が急に意識されて、それ以上動くのは不可能なように思えたの。タキは最初にあの攻撃を受けたときにあたしと同じ場所にいた。あたしがこれだけ痛いんだから、タキだって同じくらい傷ついていたはずなんだ。
 2人が戻ってくる間、あたしは不意に遠ざかってしまいそうになる意識をかろうじてつなぎとめることに、全力を傾けていた。
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