あたしはとっさに動くことができなかった。
「どうしたのリョウ。今までの獣鬼と違うの?」
「いいから言うとおりにしろ! タキ、何をしてる! 早くこいつを台から引きずりおろせ!」
「…センシャだ。たぶんジエータイの90シキ。…でも、なんでそれがこんなところに…」
「シュウ! あれはセンシャというの? だったらその名前を祈れば…」
「祈りなんかどうだっていい! すぐに逃げろ! あいつは人間が太刀打ちできるような奴じゃないんだ。俺は狩人たちを逃がしてくる!」
 そう言ってリョウは岩場を駆け下りていく。その背中にシュウが叫んだ。
「気をつけろトツカ! 90シキのシュホウは3キロ以上届くぞ!」
 そのときあたしはタキに手を引かれて台を降ろされている途中だった。シュウがトツカと呼びかけたのを知って反射的にリョウを見ると、リョウはなにかに気づいたのか振り返って叫んだの。その声は聞こえなかったけど、リョウの口が「ユーナ」と動いたのを確かに見た気がした。そして次の瞬間、何にたとえることもできないすさまじい音がして、あたしの身体は横に吹き飛ばされていたんだ!
 あたしはタキと一緒に祈り台を転げ落ちて、そのまま岩場を転がっていった。何が起こったのか判らなかった。岩のあちこちに身体をぶつけてすぐに起き上がることなんかできない。どうしたの? 今いったい何があったの?
 周りの音はまったく聞こえなかった。身体の感覚も普通じゃなかった。だから、あたしがタキの存在に気づいたのは、強引に身体を引き上げられて視界にタキの顔が飛び込んできたあとだった。
「立って! 早く!」
 目の前のタキの声が聞こえない。だけどタキの唇が繰り返しそう言っていることだけは判った。あたしは痛む身体を無理矢理起こして周りを見る。あたしの目に映ったのは、崩壊した祈り台の残骸と、炎を上げて燃えている森の風景だったの。
 考えている暇なんかなかった。あたしはタキに手を引かれて何とか森の中に逃げ込んだ。足がもつれて何度も倒れそうになったあたしを、いつの間にかシュウとタキが両側から支えてくれていた。
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