リョウが、この村に来たときからすごく焦っていたのを覚えてる。身体が動くようになってからはすぐにランドに狩りの手ほどきを受けて、狩人を集めたり守りの長老や守護の巫女に根回しをして、できる限り早く村を災厄から救おうとがんばってた。あのときからリョウは、遠くない未来に命の巫女とシュウがこの村に来ることを知ってたんだ。リョウが1日も早く災厄を退けようとしたのは、命の巫女を危険にさらしたくなかったからなのかもしれない。
 祈り台の上に座って、あたしはぼんやりとそんなことを考えていた。周りで立ち尽くしたみんなはすごく静かだった。命の巫女は、さっきリョウがあたしを抱きしめていたところを見て、かなりショックを受けたみたい。シュウはそんな命の巫女の様子がショックだったようで、2人とも必要最低限のことしか話さなくなっちゃったんだ。リョウは進んで2人に話しかけるようなことはなかったし、空気を読んだタキも最初こそ盛り上げようとしたけど、無駄だと判って口を閉ざしてしまっていたの。だからあたりは重苦しい沈黙に包まれていたんだ。
 影が現われる予言の時刻が近づいていた。そろそろどこの家でも夕食の支度が始まる頃。だけど今は村人すべてが避難しているから、いつもの賑わいはまったく見られない。たそがれ時に静まり返る家々は、まるで死んだ村のそれのようだった。もしもあたしたちが災厄に負けてしまったら、この風景こそが村の現実になってしまうんだ。
「そろそろだな」
「ああ」
 タキの言葉にリョウが答えたとき、緊張感が一気に増していったの。西の森をじっと見つめていたあたしは、やがて沼の水面の上にあの光が生まれるところを見たんだ。
「あれは…次元の扉か…?」
 そうつぶやいたシュウが更にはっきり見ようと身を乗り出す気配がする。光はどんどん大きさを増していって、ついに昨日見た最大の大きさにまで成長したとき、中から黒光りする影の一部が顔を出した。その身体が半分くらい出てきたとき、今までとは比べ物にならない緊張した声色でリョウが叫んだの。
「すぐに台を降りろ! …タキ、今すぐ全員退避だ。森の中へ逃げるんだ!」
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