リョウが抱きしめてくれるのはいつも嬉しかったけど、あまりにとつぜんだったからあたしは少し身じろぎした。だって、その抱き方はまるで手加減がなくて、ほとんど息が止まるくらいだったから。
「…頼む。少しこのままいさせてくれ」
 あたしが動いたのに気づいたんだろう。リョウは少しだけ力を緩めてくれたから、あたしはそれ以上抵抗しなかったんだけど…。
 あたしを抱きしめているのに、リョウが今考えているのはあたしのことじゃなかった。…どうしてだろう。理屈は何にもないのに、あたしにはそれが判ってしまったんだ。リョウ、今何を考えてるの? いったい誰のことを思ってるの?
 リョウが命の巫女のことをどう思っているのか、あたしは確かめたことなんかなかった。あたしが知ってるのは、幼い頃に命の巫女がリョウを好きだったことと、1ヶ月前に再会してお互い名乗りあわずにいたことだけ。リョウが命の巫女のことを好きかどうか、あたしはリョウに確かめてなんかいなかったけど、命の巫女の気持ちを知ったら判るよ。幼い頃に2人が過ごした時間がどんなものだったのか。2人は強い絆で結ばれていて、お互いにとても満たされた日々を過ごしていたこと。
 あたしはリョウにとって、命の巫女の身代わりだ。今リョウが抱きしめているのは彼女なんだ。きっと最初からそうだったの。もしも命の巫女が現われなかったら、あたしがそれを知ることはなかったのに。
 でも、それならどうしてリョウは自分の存在を彼女に隠しているの? あたしが惨めだから? リョウは、今こうして必死ですがり付いているあたしがかわいそうだから、命の巫女になにも告げないでいてくれるの…?
 なんだか頭がぐちゃぐちゃで判らないよ。リョウに直接確かめられないのがつらい。この奇妙なバランスを、自分の手で崩してしまうのが怖いの。
「おわっと!」
 とつぜんその声が届いてきて、驚いたリョウがあたしから手を離した。リョウが振り返る気配であたしも覗いてみると、そこには苦笑いを浮かべるタキと、面食らったようにぽかんと口をあけた命の巫女とシュウがいたんだ。
 とっさになにも言えなかったリョウに、タキはニヤニヤ笑いながら声をかけた。
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