森を出てあたしが再び祈りを始めようとしたとき、タキは命の巫女とシュウを迎えに行くために神殿へ歩き去っていった。その仕草がすごく自然で、あたしは少しの間気づかずにいたんだけど、祈りを終えたあとにふっとタキの行動の不自然さに気づいたんだ。タキはあたしが神殿へ残って欲しいと言ったとき、祈りの巫女の傍を離れる訳にはいかない、って答えていた。それは、あたしと2人だけでさっきの話をしたいがための言い訳だったんだ。
タキはしばらく戻っては来なくて、その間あたしは何度かの祈りを捧げて、合間にさまざまなことを考えていた。命の巫女が書いてくれた2つの名前。リョウがあの2人と同じ村の出身で、6歳の頃から学校に通っていたのなら、リョウもこの文字を読んだり書いたりすることができるのだろう。もしかしたら空が青い理由も知ってるのかもしれない。リョウは本当に、この村の人たちとはかけ離れた存在なんだ。
リョウは命の巫女の騎士だけど、空間を操る力を持っているのは命の巫女と左の騎士であるシュウだけ。やがてこの村が災厄の脅威から解き放たれる日が来たとして、命の巫女とシュウは自分の力でもとの村へ帰ることができるけど、リョウにはその力はない。だから、あの2人が帰るときに一緒に帰らなければ、そのあとリョウは一生をこの村で過ごさなければならないんだ。命の巫女が帰るとき、リョウは自分の正体を命の巫女に明かして、彼女のものになってしまう――
――あたしにはどうすることもできない。リョウが命の巫女に惹かれるのを阻止することも、帰りたいというリョウを引き留めることも。
まして、好きな人がこんなに近くにいるのにリョウがこの村を選んでくれる可能性なんて、万に1つもありえないんだ。
タキが戻ってきてくれるよりも早く、リョウはあたしの祈り台までやってきた。リョウは少し…ううん、かなり不機嫌だったの。あたしが台を降りて近づいても、ほとんど目を合わせようとしないで黙り込んでいたんだ。
「リョウ、どうしたの? なにか心配事でもあるの?」
あたしの問いにもリョウは返事をしないで、何かを考えているように靴で地面を掘り返した。その沈黙は重苦しくて、たぶんリョウはあたしに話があってきてくれたはずなのに、そんなあたりまえの事実すらあたしは信じられなかった。
あたしがリョウに何も訊けなくなっていたそのとき、リョウはいきなり振り返って、あたしを力任せに抱きしめたんだ。
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