1日1回、達也のところに行く。
それが、昨日からのあたしの日課になった。
ノックをすると、中から「入れ」と声がした。
ドアを開ける。
昨日と同じように、達也は窓辺に腰掛けていた。
「近くに来るんだ」
「はい、達也」
近づくと、窓の外に空が見える。
窓枠はあたしにはずいぶん高くて、空しか見ることができなかった。
外を眺めていた達也は、いったん窓から降りて、あたしを抱き上げた。
びっくりして息が止まった。
達也の顔を見つめていると、達也はほんの少し笑って、あたしを窓枠に座らせてくれた。
そのあと、達也は再び窓枠に腰掛けた。
そこから見る外の風景は、かなり悲惨なものだった。
瓦礫と焼け野原。
1年前までは想像することすらできなかった、街の風景。
「これが、俺の国だ」
1年前の災害で消えてしまった、あたしたちの街。
復興の指導者として、達也は日本の皇帝になった。
「東京はもっとひどかったわ」
思わず口に出してしまった。
東京を隔離した達也には、いやみのように聞こえたかもしれない。
だけどあたしは、あの東京の風景を忘れることができない。
達也が隔離した人々が1年もの間暮らしてきた、あの東京を。
「知ってるさ」
今はパパが暮らしている東京を。
「俺はこの国を、いい国にしたい」
あたしは達也をずっと見つめていた。
達也が言ういい国って、東京を隔離して、人を監禁するような国なの……?
「ミオ、お前はどんな国がいい国だと思う」
まるで考えを読まれているみたいだった。
「平和な国、だと思うわ」
戦争がない国。
飢えがない国。
明日の命を心配する必要のない国。
「こうなる前の日本は、平和だった。そう、思うか?」
あたしはうなずいた。
「20世紀末の日本には、戦争も飢えもなかった。人間は長生きしていた。なあ、ミオ。日本はいい国だったか?」
あたしは、答えることができなかった。
いい国って、何?
「飢えて死ぬことは間違っているか?」
あたしは、達也の考えを理解することができない。
判らない。いったい何が違うの?
あたしは、自分で考えたことが本当にあるの?
あたしが自分の考えだと思っているのは、本当は誰の考えたことなの?
「もう帰っていい」
達也はあたしを窓枠から下ろして、眼窩に広がる瓦礫の街を見つめた。
「アフル、アフルはなぜ達也のそばにいるの?」
前を歩いていたアフルは、振り返ってあたしの目を見て、答えた。
「あの方が好きだからですよ」
やさしい、幸せそうな表情を浮かべていた。
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