顔の見えなかった、独裁者葛城達也。
 この人は、人間だ。
「はい、達也」
「俺の事を好きになれ。俺もお前を好きになる」
「はい」
「……名前を呼べ」
「はい、達也」
「……もう帰っていい」
「はい」
 あたしは、達也の部屋を出た。

 ドアの外には、アフルが待っていた。
「お帰りなさい、ミオ」
 あたしは半分夢の中にいるみたい。
 達也は人間だった。
 そして、たぶん子供だった。
「皇帝は、あなたを娘だと思っています」
 達也があたしを呼んだのは、たぶん、ただ娘と話をしたかっただけなのだ。
「皇帝には以前2人の養女がありました。その2人を、皇帝は娘として愛せなかったんです。だからあなたを愛したいのだと思います。失ってしまった2人の代わりに、あなたを」
 あたしが、パパの娘だから。
 息子のパパと、養女だったママの娘だから。
「あたしが達也の娘になったら、達也はパパを殺さないでいてくれる?」
「あなたを失わないためなら、あるいは」
「あたし、パパの命を救えるのね」
「彼だけではなく、多くのあなたの仲間も救えます。成長しなさい。頭を使いなさい。ミオ、あなたが皇帝とコロニーの掛け橋になるのですから」
 あたしが、達也とコロニーの掛け橋になる。

「アフルは達也の昔の話を知っているの? ママが生きていたころの話」
「ええ、知っています」
「話してくれないかな」
「僕は皇帝のものです。僕に何かをしてほしいとき、話してほしいときは、皇帝に許可をもらってください。許可が下りれば何でもしますから」
 アフルには、自分の意志がないみたいだった。
 たぶん、アフルの意思は達也の意思なんだ。
「達也がいいといえばいいのね」
「許可をもらった、と言って下さればいいですよ」
「監禁されてるみんなの待遇も変えてもらえる?」
「皇帝の許可さえあれば、どんな希望もかなえられます。ここでは皇帝の命令は絶対なのですから」
 あたしが達也と仲良くなれば、コロニーのみんなの役に立てる。
 だけど、みんなは達也のことを嫌いなの。
 あたしも、嫌われるのかもしれない。

「……あたしだったら、殺そうとしたかもしれないわね」
 サヤカはあたしの話を聞いて、しばらくの間、何も言わなかった。
 そして、やっとその言葉を搾り出すように言った。
 胸が詰まるような気がした。
「ごめんなさい、サヤカ」
 サヤカは大切な人を失った。
 母親と、命を助けてくれた青年と、大好きなボスとを。
「いいえ。ミオは正しいわ。それに勇気があると思うの。あたしだったら、皇帝なんかと仲良くなろうと思っていること、他の人に絶対に話せないもの」
 あたしと同じ、13歳のサヤカ。
 サヤカに嫌われるかもしれないと思ったのは、あたしがサヤカを見くびっていたってことだった。
 サヤカは頭がよくて、美人で、勇気があってやさしい女の子だったのに。
「ありがとう、サヤカ。あたし、あなたが友達でよかった」
「あたしはいつでもミオの親友になりたいと思っているの。誰がどんなこと言っても、あたしだけはミオの味方になるからね」
 出会ってからまだそんなに経っていなかったけど、あたしの1番の親友はサヤカだった。
 あたしの大切な人。
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