箱の陰から、奴は裏通りを覗いてみた。とそこには追っ手らしい人影はなく、のんきに歩いている学生が2人だけ。奴は、その2人にかけたんだ。
「ってことはだ、あんときあの路地にはもう1つ死体があったって事に…」
「ほかに考えられるかよ」
おい、それで逸実は平気なのか! 1つならともかく、殺人事件が2つだぜ。よくも平然としていられる――
 その時、オレは不意に、逸実の父親の死んだときのことを思いだしていた。オレも逸実も12才だった。回りの大人が泣き叫ぶなか、逸実は心なしか笑っているようにオレには見えた。そんな逸実は一際異様で、オレは最初、逸実が父親の死を喜んでいるんじゃないか、そんな風に思った。だけど、そいつは違う。逸実は回りの大人たちが逸実を心配しないように、出来るだけ何気無く振る舞っているにすぎなかったんだ。父親の死から数えて8日目の朝、あいつは初めて泣いた。その日、オレと逸実は、学校へは行かずに近くの土手で夕暮まで話をしていた。
 父親が死んで、逸実はさりげなさを身につけた。好きな奴が親友の恋人になっても、そんなそぶりは少しも見せなかった。悲しいなんて言わなかった。
 どうしてそんな昔のことを思いだしたのか。――ああ、そうだよ。逸実が平気な訳ないじゃないか。何気無い顔をして、1番傷ついていたのは、いつも逸実だったんだから。

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