その日の夜、オレはあまり眠れなかった。目を閉じるとあの男の必死の目付きがちらついて、仕方がないので起き上がって勉強を始めた。真向かいの逸実の家を見ると、あいつの部屋も電気がついていた。そして、それは朝まで消えなかった。
 新聞屋の自転車の音が聞こえたのは4時半。親を起こさないように玄関を出ると、ちょうど逸実も出て来たところだった。
「おはよう」
男物の縦縞のパジャマで、オレンジ色の半天を羽織ってる逸実。オレは自分ちの門を開けて、逸実のうちの門まで来る。逸実はオレをじっと見ていた。
「寝てないんじゃないのか?」
逸実の顔は、もろ寝不足って感じだった。
「寝たよ。3時間くらい。一郎は?」
お前って奴は…。お前が電気も消さずに寝る奴じゃないって事くらい、オレが1番良く知ってるんだぜ。
「オレもねた。今朝は寒いよな。そんな恰好でかぜ引かないか?」
「そういやしばらく引いてないな。これを機会に御目見えできるかもしれない」
オレはなにも答えず、持っていた新聞を広げた。目当ての記事は3面にでている。
「一郎んちの新聞何?」
「朝日」
「うち東京。ここじゃ目立つからさ、部活の1時間前にあたしお宅行くよ。そんときスクラップ持ってくから」
「判った。んじゃ、風邪オレにうつすなよ」
「判ったよ」

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