逸実は紳士用トイレに入りたい訳だな。畜生! オレは今までお前が男だとは知らなかったよ! 心の中で叫んだが、無論、本気じゃないぜ。逸実の裸なんか見馴れてる。ただし、ガキのころのだけどな。
「いなかったぜ」
「一緒に来て」
 デパートのトイレだ。個室も3つはある。逸実は1番奥の個室に入ると、オレも招き入れて、中から鍵を掛けた。
「誰か来たら1週間越しの便秘みたいな感じでふんばってくれ。こればっかりはあたしがやる訳にいかないから」
オレがうなづくと、逸実はまるで、張り詰めていた糸が切れたみたいになって、洋式の便器に座りこんだ。オレはびっくりして、逸実を支えようと手を伸ばした。
「逸実」
「大丈夫。ちょっと気がゆるんだ。安心したから…。一郎、これを、ペーパーのロールの中に入れて。1番下のじゃなくて、2番目の」
 これで、逸実の考えが少し、判った気がした。どうして紳士用トイレに入ったか。トイレットペーパーの使用頻度は当然、婦人用の方が高いはずだ。ペーパーの中に隠すなら、紳士用の方が見つかる可能性が少ない。

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