追っ手の恐怖におびえながらも、オレはそれを表に出すことはしなかった。それでも、コインロッカーにそいつをしまい込んで鍵を掛けると、オレは少し安心して、息をついた。逸実は鍵を懐にしまい込み、反対側のロッカーに回って、自分の道着を放り込んだ。
「一郎お前、生徒手帳持ってる?」
「あるけど、どうすんだ?」
「ロッカーってのは24時間すると遺失物扱いになるからな。証明書入れといた方がいいと思うんだ。お前も道着入れときな」
オレには逸実の考えていることが良く判らなかったが、言うとおりにした。今2人のうち、頭の回ってるのは逸実の方だ。
歩きながら、逸実は今まで髪を縛っていたゴムをほどいた。長い黒髪が逸実の肩を舞うのを見て、オレはドキリとした。逸実がいつもと違って見えるのはきっと、この特殊な状況のせいだ。逸実は決して、オレの心臓に影響を与えるためにゴムを解いたのではないのだから。
黒いゴムを器用に操って、逸実は鍵をひとまとめにした。逸実について駅ビルの中に入ると、彼女はまっすぐにトイレに向かった。そして入っていこうとする。紳士用に。
「お、おい」
「あ、そうか、まずいな。一郎、誰かいないか見てきてくれる?」
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