逸実はオレの手を握ったまま走りだした。まるで何かとんでもない化け物が追ってでも来ているかのように、必死な形相で。しかし、その頃になるとオレの頭も働きだしたので、なぜ逸実が逃げようというのかが判るようになっていた。あの男は刺されたのだ。なぜか。それはたぶん、逸実が託されたものを男が持っていたからだ。奴ら――つまり、男を追っていた複数の人間たちは、気絶した男(あるいは死体)を見つけ、その物がないことに気付くと、あたりを探すだろう。あの男の状態からして、遠くに隠すことは考えられない。とすれば、誰かが持ち去ったということになる。その時にまだあの近くをうろついていたら…
こいつはとんでもないやっかいものだ。早くどうにかしないと。
「一郎、このあいだ赤ん坊の死体が見つかったコインロッカーってどこだっけ」
逸実の思いがけず物騒な言葉に、オレはぎくりとさせられた。
「あれだろ。西口の。それが何だっ…」
「とにかくこいつを隠すんだよ」
逸実はジャンパーの裏に隠したそれを指して言った。大きさはベーターのビデオテープくらいだ。あるいは本当にテープかもしれない。布の袋に入っていて、少し血で汚れている。
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