「…ところでさ、榊ちゃんに言ってた、あんたの理想って何だよ」
 軽く汗をふいて着替え、道着と竹刀を背負ったオレたちは、O駅の繁華街を外れた裏通りを歩いていた。暗くて不気味な通りだが、こっちの方が近道なのだ。表通りと比べて2分は確実に違う。
「第1に強いこと。剣道も気もな。簡単に言えばお前んちのかあちゃんみたいなのが理想だ」
「剣道は知らんけど気だけは強いな、うちのお母さんは。でも何でさ」
「オレ、釜本家の一人息子だもん。うちの会社とか切り回すのに、何もできない女は困るんだ。それに、単にオレの趣味でもある」
「剣道は関係ないんじゃないか?」
確かに関係ないけどよ。オレとしちゃ、お前に劣るような女とはつきあえっこないんだよ。それが、お前と幼なじみになっちまったオレの意地ってもんじゃないのか? とは当然言えるわきゃない。要するに、お前とタメ張れるような女でなけりゃ、オレの気がおさまんねぇってことなんだよ。
 言葉に詰まったオレは、ふと脇の路地を振り返った。するとそこには、壁に手をつきながらふらふらと歩く男。顔は青ざめ、呼吸を荒くしていて…。え? こいつちょっとおかしいぜ。と、息を飲んだオレの目の前で、男はどさっと、その場に倒れ込んだ。

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