「ユーリルよ。では、本当にフローラはもうこの世にはいないと申すか? 儂の姫は、もうこの世にはいないのだと…」
「私は2年のあいだ、フローラ姫様がお亡くなりになられたことを隠して参りました。お許し下さいとは申しません。…私は、この日のためにこの2年間、生き恥をさらして参りました。フローラ姫のお命を奪った者を、告発するために。今すぐに自害せよと仰せなら、この場でこの命、消すことも苦しくはございません。できれば一瞬でも早く、姫のお側に参りとうございます」
「では本当に、姫はおらぬのだな。…不思議なことよ。儂は姫を思いだそうとするのだが、儂の思い出す姫はこの偽者の姫しかおらぬのだ。偽者の姫よ。そなた、名は何と申す」
 あたしは胸が熱くなっていた。
「茜と申します」
「茜か。本当に姫ではないのだな。…残念じゃ。そなたが儂の姫でない事が、残念でならぬ。そなたは本当に美しく、愛らしい姫だった。どうだ、儂の姫にはなってはくれぬか」
「申し訳ございません、陛下。わたくしには父母もおります。お役目を終えるまで、待っていてくれる人々がおります。約束の日までに帰らねばならないのです」
「そうか…」
 あたし、知らず知らずのうちに涙を流していた。
 王様の気持ちが痛いほど胸につき刺さって。
「陛下。私の御処置を」
「ユーリルよ。まだ終わってはおらぬ。この者を裁かねばならぬのじゃ。それには、お前の証言が必要だ。それがすむまでは、お前の処置はあとにまわす」
「儂が裁かれねばならぬ訳はない。全てはこやつの仕組んだ罠。儂は落し入れられたのだ」
「見苦しいぞ、リンゲル。申し開きは裁きの間で聞く。それまではジェニスの塔に監禁する。親衛隊長、この者を丁重に引っ立てい」
「ははっ!」
 こうして、あたし達の長い夜は終わった。
 あたし達の心のなかには、とてつもない空間が、ぱっくりと口を開けていた。
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