「私は…」
 ユーリルが、ほとんど擦れたような、いつもの張り詰めたように響く声とは、同じ人間の声とは思えない声で言ったの。
 あたしも若原君も、ユーリルの言葉を聞きのがすまいと、耳をそばだてていた。
「申し訳ありません。私は耐えられなかったのです。姫のあの言葉を聞いて…」
 あの言葉が何を指すのか、あたしには判っていた。
 でも、できれば若原君には言わないでもらいたいと思っていた。
「…姫が愛しているのが私ではないと知って、私は苦しみました。本物の姫はずっとグレンを好きだったのです。グレンは…私とは正反対で、自由奔放な性格をしていました。でも、それは決して表には現われず、いつももの静かで、そして人の気持ちには敏感で、とても気のつく人間に見えました。グレンはとても人に好かれました。姫とグレンとはまるで双子の兄妹のように育ち、少しずつお互いに惹かれていったのだと思います。気がつくと、2人は愛しあっていました。まだ2人が14才にもならない頃です。
 やがてグレンが死んで、姫は自分も死んでしまうくらい、沈んでしまいました。私はなんとか姫をお慰めしようと、本当に様々なことをしてきたのです。庭にフローラを植え、あの部屋を整えたのは私です。姫は喜んでくださいました。でも、心はいつもグレンとともにあったのです。姫は片時もグレンを忘れませんでした。そして、あの離宮を旅立ったあの日、姫はさらわれてしまいました。
 私がどんなに姫を愛していたか、きっと判ってはいただけないと思います。姫は輝くばかりに美しく、私は痩せた醜い男でした。グレンのような魅力を持ってもいない。私は諦めていました。あのときまでは」
 ユーリルはとても苦しそうに、自分の過去を語っていた。
 その気持ちはあたしにはとてもよく判るの。
 ユーリルはこの世界では、痩せっぽっちの醜い人間だったから。
 自分に自信がなくて、人を羨んで、姫の一言で天にものぼるくらい幸せになったり、反対にグレンと姫を見ていて、この世に自分より不幸な人間はいないと思うくらい落ちこんでしまったり。
 それは、あたしの気持ちと同じだった。
 この世界に来る前のあたしと同じだったの。
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