この時はまだ、ユーリルが何のためにここに来たのか、あたしには判らなかった。
 ただあたしは、どうにかしてユーリルをなだめようと、そればかりを考えていたの。
「ユーリル、あたしはフローラ姫じゃない。平原茜だよ。ユーリルが好きな姫じゃないよ。判るでしょう?」
「姫はいつもグレンのことばかり言っていた。私がいることなど気付かぬ振りをして。私がどんなに悔しい思いをしてきたか。たった2つ違いとはいえ、弟に姫を取られるなど、私には耐えられないことだった。姫、今ならグレンはいません。どうか、私のものに…」
 この人はおかしい。
 あたし、本当に恐かった。
 この人はいつものユーリルじゃない。
「若原君…」
 ユーリルは、あたしの服に手をかけようとしていた。
 こんな、こんな恐怖は初めてだったの。
 あたしは必死で助けをよんでいた。
「若原君、助けて!」
 そのあたしの口は、なにかによって塞がれていた。
 痛い!
 あたしの口をふさいだのは、ユーリルの唇。
 これはキスじゃない。
 キスはこんなに痛くないはずだもの。
 あたしの口のなかに、熱くてヌメヌメしたものが入ってきていた。
 もうやめて、お願い。
 あたしだって、ファーストキスは好きな人としたかったの。
 そんな風にして、なにもかも奪わないで!
 あたしの顔は、涙で濡れていた。
 あたしの抵抗をものともせずに、ユーリルはあたしの服を脱がせようとしていた。
 一瞬、唇が離れる。
 あたしはそのチャンスを逃さずに叫んだ。
「誰か、助けて! 若原君…」
 あたしの声は擦れていてそれほど大きくなかった。
 そして、その口はまた別のもので塞がれていた。
 あたしはそれを思いっきり噛んでいた。
 でも、それはほとんど通じない抵抗だった。
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