あたし嬉しくて、少しの間、自分がふられたことも忘れていた。
悲しい気持ちは今は心のどこにもなかった。
若原君はいつも近くにいたから、目に入るたびに思い出しそうになっていたけど、あたしは常にいろいろな人の目の前にさらされていたから、自分の恋心にとらわれている心の余裕はなかったの。
そうしていよいよ、あたしは宮中晩餐会に出席するために、自室をあとにしていた。
王宮のフローラ姫専用の控え室で時間を待っているとき、たまたま若原君と2人きりになった。
その時、若原君が言ったの。
「今日のフローラ姫は一段と麗しいな」
あたし、顔を赤くしていた。
若原君はほかの人とは違って、あたしの顔を美人だとは思ってないはずだから。
あたしに麗しいなんていったの、初めてだったんだもん。
「グレン、冗談はやめて」
「冗談だと思ってるの?」
若原君、今まであたしに見せたことのないような、甘やかな視線で言った。
とろけてゆきそうな声。
あたし、胸がかあっと熱くなっていった。
「姫は将来どんな人を婿に取るのかな。従者グレンでは身分違いか。きっと、なんとか子爵とか、なんたら卿とかいうのがいっぱい控えているんだろうな」
若原君、何を言ってるの?
あたし、フローラ姫じゃないんだよ?
どんなにここが気分いいからって、あたしは戻るの。
あたしは戻ったら、平凡な高校生に戻ってしまうの。
そうしたらあたしきっと、若原君ともこうして話すこと、できなくなる…
あたしはいまさらながらに気がついていた。
若原君があたしと親しく話をしているのは、あたしと若原君だけが、あの世界の住人だからなんだ。
戻ったら、若原君には若原君の世界がある。
その世界にあたしが行くことは、きっとできない。
「姫? どうかしましたか?」
「あたし姫じゃない。姫なんて呼ばないで!」
完全な八つ当りだ。
ほら、若原君だって驚いてる。
早く、あやまらなきゃ。
その時、小姓のような人が入ってきて、あたしと若原君とをつれだしてしまった。
あたしは謝るタイミングを逃してしまった。
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