神殿への挨拶もとどこおりなく済ませ、あたしは王女宮へと戻っていた。
 髪を解き、部屋着に着替えたあと、あたしはカリン酒を水で割ったような飲みものを飲んで、1人でくつろいでいた。
 ノックの音がして、顔を出したのは若原君だった。
「今日は大変だったな」
 あたしは若原君に椅子をすすめて、待女のリーナに飲物を注文した。
 リーナが杯を置いて出ていったあと、あたしはいつもの自分に戻って、若原君に話しかけた。
「今日のあたし、あたしじゃなかった。あたしの中にフローラが来ていたの」
「お前、一体何人いるんだ? 毎日オレはオレの知らないお前を見つける。今日のお前、まるで別人だった。オレも本気でフローラ姫だと思ったくらいなんだから」
「あれはフローラだったの。だってあたし、フローラの離宮での生活について、あんなに詳しく聞いてないもの。でっち上げであんなに何時間もしゃべれると思う?」
「思わない。でも、オレ感動したな。王様もお前が偽物だなんて思ってないよ。正直ここまで完璧にお前ができるとは思ってなかったんだ。本当にお前が言うとおり、フローラが来ていたのかもしれないな」
 あたし、自分が恐ろしかった。
 だんだんフローラになっていく自分。
 このままだとあたし、本当にフローラになっちゃうのかもしれない。
 平原茜はいなくなっちゃうのかもしれない。
「あたし、平原茜だよね。フローラじゃないよね」
 あたしの困惑は、若原君には伝わっていたようだった。
 慈愛に満ちた表情をして、あたしに言った。
「お前は平原茜だよ。誰がなんて言おうと、お前は平原茜だ。オレが保証する」
「よかった。若原君がいる限り、あたしそう思っていられる。若原君が側にいてよかった」
 あたしの見ている前で、若原君は立ち上がった。
 そして、あたしの髪にふれて、そのあと、そっとあたしを抱きしめた。
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