「それが自分のためだって思ったから。それに、あたしいろいろ習ってよかったと思うの。少なくとも、溜息だけは出なくなったから」
「溜息?」
「そう。鏡を見て、いつも溜息ついてたの。あたし、自分の顔っていうより、きっと性格が嫌いだったんだね。姫になるとね、その自分の嫌いな性格がかわったような気がするの。きっと姫はすごくいい子だったんだなって、あたし思う。姫がいい子じゃなかったら、今までつづけられなかったと思う。だからすごいのはあたしじゃなくて、きっと姫なの」
あたしの言葉を、若原君はだまって聞いていてくれた。
そして、言葉を切ったとき、なぜか若原君は少し眩しそうに目を細めて…
若原君、あたしの言ったこと、少しは理解してくれたかな。
あたしは若原君の次の言葉を待っていた。
でも若原君はなかなか話そうとしなかった。
しばらく、20秒くらい、あたしたちは黙ったままだった。
そして、その沈黙を破ったのは、若原君の方だった。
「明日からが大変だな。オレもかげながら応援するよ」
そう言ってにっこりと笑った若原君は、今までと違って、とても落ち着いた雰囲気を持っていた。
あたしはそんな若原君が、とてもすてきだと思ったの。
はしゃいでいる若原君もいいけど、こうして大人びた若原君も、とっても魅力的だって。
この夜の雰囲気に、とても似合っている気がしていた。
「ありがとう。若原君が応援してくれたら、あたしきっと頑張れる」
「長くてもあと30日だ。大変だろうけどお前ならできるよ。…今日ここで寝ようかな」
え?
「嘘だよ。それじゃ、おやすみ」
「あ、うん、おやすみなさい」
部屋を出ていくとき、若原君はにっこり笑ってウインクした。
それがとっても決まってて…部屋を出ていったあと、あたしは顔を赤くしていた。
今の、いったいどういう意味だったんだろ。
特別な意味なんて、ないよね。
聞いてみたらきっと、なーんだ、って思うような、そんな意味なんだよね。
期待なんかしちゃいけないよね。
あたし、ベッドに入ってからも、しばらくは心臓がドキドキしていて、なかなか眠れなかった。
次へ
扉へ
トップへ