あたしは今、とても幸せな気分だった。
「オレさ、誰かに笑ってもらうのがすっげー好きなんだ。クラスじゃお前だけだぜ、オレを見て笑わなかったのって」
それ本当?
若原君、誰が笑って誰が笑わなかったかって、ちゃんとチェックいれてたの?
「とりあえず達成だな、1学期の目標。クラスの全員を笑わすってのが、オレの目標だったんだ。1学期は少し過ぎちまったけどな」
若原君がいいかげんな人じゃないって事は、あたし知ってる。
でも、人を楽しませる事に、こんなに真剣に取り組んでたなんて、あたし知らなかった。
若原君て、本当はとてもまじめな人なんだ。
どんな事にも真剣に取り組むっていう意味では、きっと誰にも負けないだろう。
「若原君て、すごいんだ」
若原君、ちょっと目を丸くした。
「どうしたの? いきなり」
「だって勉強も出来てスポーツも出来て、それに明るくてやさしくて。その上まじめで、若原君には出来ないことなんて何もないみたい。どうしてこんなに何もかも出来るの?」
若原君は、ちょっと目を伏せていた。
戸惑ったような、困っているような表情。
あたしが初めて見る若原君だった。
「オレ、お前が思っているような人間じゃねーよ。本当はずっと臆病で、いつも不安ばっか心ん中にあって、自分で自分が嫌になるよーな事もあるよ。だからオレいつも、肝心なところで逃げ出さないように自分に言い聞かせているんだ。…オレ、お前に感動してた。オレだったらきっと、姫の身代わりなんて逃げ出してたと思うから」
若原君の言葉をききながら、あたしは不思議な気がしていた。
何でもできる若原君。
そんな若原君でも、心の中には不安をかかえてる。
それに…あたしに感動してくれていたなんて…
あたしは若原君がいたから、姫の身代わりを引き受けたの。
若原君があたしのところに来てくれたから。
「オレ、クラスでは判らなかった平原のこと、今回のことでたくさん判った気がする。お前ってきっと、自分の心の中を見せることに慣れてないんだな。でもだんだん、お前の表情をよむのにオレの方が慣れてきたよ。お前も少しずつ話してくれるようになったし。そういうのって嬉しいよな」
そう言って、若原君はまた少し笑った。
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