ユーリルを我に返らせたのは若原君だった。
「ユーリル、こいつは姫じゃない。平原っていうオレのクラスメイトだ。話しただろ?」
「聡殿。この御方が姫ではないと、なぜ言い切れますか。こんなに姫に似てお美しい方が、この世に2人といる筈がございません。こんなに美しい方が私の姫ではないと申されますか。本当にこの御方は姫ではないのですか?」
 ユーリルは言いながら、あたしを穴の開くほど見つめていた。
 その目には涙が浮かんで、やがてこぼれ落ちていた。
 あたしにはユーリルの絶望がよく判った。
 本当はユーリルも判っているの。
 あたしが姫なんかじゃないって事を。
 でも、それを認めたくなくて…誰かに姫だって言ってほしいの。
 でも、若原君もあたしも、そんなユーリルの希望をかなえてあげようとはしなかった。
「平原は4月からオレと同じクラスにいた。姫がさらわれたのは20日前だろ? その前から平原はオレのクラスメイトだったんだ。お前の気持ちは判るけど、こいつはただのそっくりさんだよ。お前の姫じゃないんだよ」
 あたし、ユーリルの視線が苦しかった。
 今までどんな気持ちで姫を捜していたのか、はっきりと判ってしまったから。
 きっとあたし以上に、若原君の方がよく判っているはず。
 若原君は今まで10日間、ユーリルのそばにいたのだから。
「ユーリル」
「…判りました。この御方は私の姫ではないのですね。こんなに良く似ていらっしゃる。髪の一筋までもそっくりだというのに。…良く判りました。この御方は何という名前なのですか?」
「えっと、平原…何だっけ?」
 若原君、あたしの名字は知ってても、名前までは覚えていないみたい。
 でも、それは当然のことだから、あたしは特にがっかりするようなことはなかった。
「平原茜です」
「平原茜殿。私はフローラ姫の護衛隊長のユーリルです。以後御身知り置き下さい」
「はあ」
 いまさらながらに、あたしは不思議な感じだった。
 ユーリルの美しい唇から発せられる、この古風な日本語。
 でもユーリルにはとても似合っている気がしたの。
 ユーリルが自分のことをオレとか言ったら、それこそそぐわない気がする。
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