あたし、若原君に抱きしめられてる。
 胸がドキドキして、呼吸が早くなる。
 これ以上抱きしめられていたら、あたしの心臓爆発しちゃう。
 あたしは半ばぼうっとした頭のままで、若原君の言葉に何度もうなずいていた。
 それを確認するように、若原君はあたしを抱きしめていた腕をゆっくり弛めていったの。
「ごめん、おどかして悪かった。謝るよ」
 そう言って、若原君はにっこりと笑った。
 久しぶりの、10日ぶりの若原君の笑顔。
 あたし、胸が一杯になって、何も言えなくなってしまったの。
 若原君が帰ってきたって、ただそれだけだったのに。
 でもあたし、今のあたしには、それが1番嬉しいことだったの。
 だから、このちょっと不自然な若原君の現われ方について、何も感じる事がなかったの。
 ただ嬉しくて、あたしは知らず知らずのうちに、涙を一杯にためていた。
「ご、ごめん、オレが悪かったよ。謝るから泣かないでくれ」
 違うんだよ、若原君。
 あたしは嬉しくて泣いているの。
 若原君が帰ってきて、それをあたしに知らせてくれたから。
 平凡な、2回しか話したことのないあたしに、1番先に知らせてくれて。
 ううん、本当は1番じゃないかもしれないけど、それでもわざわざ知らせてくれたから。
 こんな、あたしの部屋にまで来て…
 その時ようやく、あたしはこの不自然な状況に気がついていた。
 どうして窓から入ってきたの?
 玄関から来てくれればよかったのに。
 どうやって窓によじのぼったの?
 どうして靴をはいていないの?
 それに…
「その洋服…」
 あたしが言いかけたとき、若原君はちょっと困ったような顔をしていた。
 あたしが言いたかったのは、若原君の格好が普通じゃなかったって事。
 中世の騎士のような、シルバーの甲胄。
 その下には、袖の広がった柔らかそうなブラウスに、ぴったりしたタイツをはいていた。
 それはとっても若原君には似合っていたけれど…
 この姿で外を歩いてきたのだとしたら、目立たない訳にはいかなかっただろう。
 若原君は照れたような顔をして、あたしに笑いかけていた。
「なんか、たくさん説明しなきゃならないことがあるんだ。とりあえず座らない?」
 あたし、たまっていた涙を拭いて、若原君の提案を受け入れた。
 あたしの中には、戸惑いと好奇心がわき上がっていた。
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