あたし気がついて、とっても恥ずかしい気がしていた。
 幻聴を聞くほど、あたしの心は若原君でいっぱいだったって。
「平原」
 どうして?
 どうして聞こえるの?
 あたし、判っているはずなのに、部屋の中をキョロキョロと見まわした。
「平原、外。窓あけて」
 今度こそはっきりと、あたしは聞いていた。
 その声が若原君の声だって、あたしには確信があったけど、それでもあたしは疑ってた。
 これはきっと若原君じゃない。
 誰か別の人の声を、あたしが聞き違えているんだって。
 あたし、声のしたほうを、つまり、窓を振り返った。
 そこには、人1人分くらいの影が、くっきりと浮かび上がっていた。
「誰?」
 自分の物とは思えないような、あたしの声。
 その声に気がついたように、外にいる人が言った。
「若原聡。お前と同じクラスの」
 この時あたしが思ったのは、もしかしたら若原君は実はもう死んでいて、幽霊が来ているのかもしれないということ。
 でもその時のあたしは、あとで思い返しても信じられないくらい、勇気があったの。
 恐いもの見たさだったのかもしれない。
 ゆっくりと窓に近づいて、そして、窓をあけた。
 外の生暖かい空気が、すうっと流れ込んできて、その中に、窓枠に窮屈そうに立ちつくした、若原君がいたのだ。
「若原…君?」
「そう。中にいれてくれる?」
 あたし、もしかしたら半分おかしかったのかもしれない。
 若原君の姿を見て、思わず叫びだしそうになっていた。
「あ、頼む。静かに!」
 一瞬の差で、若原君はあたしの口をふさいでいた。
 あたし、若原君に抱きかかえられるような思いがけない体勢に、再び叫びだしそうになっていた。
 だって、恐かったの。
 男の子の中でも身体の大きな若原君が、あたしの身体を抱きかかえて、口を塞いでいる。
 これって、ふだん男の子と口をきいたこともないような女の子には、恐怖をよび覚ますような体勢なの!
 そんなあたしの口をふさぎながら、若原君は部屋の中に入ってきていた。
 そして、ゆっくりとなにかをしゃべりつづけていた。
「平原、落ち着いて。頼むから大声ださないでくれ。お願いだから。今オレ見つかる訳にいかないんだ。オレを助けると思って、声ださないでくれ。頼むよ。判った?」
 そうして若原君の澄んだ声をきいていると、あたしは少しずつ落ち着いてきたの。
 それにともなって、自分のおかれている体勢がどんなものかを、認識していったのだ。
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